紫水晶の向こう側
庭園での散歩を終えた夜。
明日からレオニス様の部屋で過ごすため、
私は私物をまとめていた。
……エレノア達がやってくれると言っていたけれど、
少しくらい自分でまとめておいた方が楽よね。
そんなことを考えながら荷物を整理していると。
ふと、
紫水晶が目に入った。
幻影帝国を出る数日前。
お兄様達から渡されたものだ。
なんとなく気になって見つめていると、
水晶が淡く光り始める。
「……?」
不思議に思い、
そっと魔力を流し込んだ瞬間。
水晶の中へ、
二人の姿が映し出された。
「ティリア!
やっと繋がった!」
「すまない。
この水晶が通信装置だと説明するのを忘れていた」
「まぁ!」
「お兄様達!」
急に光り出したものだから、
本当に驚いた。
「使い方も教えてくださらないなんて……」
そう言うと、
アレスお兄様は気まずそうに笑った。
「……すまん」
「国を出るまであまりに慌ただしくて、
つい忘れていた」
「でも、
繋がって良かったです」
そう返すと。
レインお兄様が、
少し目を細めた。
「……こちらにいた頃より、
表情が豊かになったな」
「いや、
こちらではそんな顔になれるような出来事が、
無かったのか……」
その言葉に、
胸が少しだけ痛む。
「……そんなこと言わないでください」
「過去はどうであれ、
こうしてお兄様と呼べる日が来たことを、
私は嬉しく思っています」
すると。
アレスお兄様は、
苦しそうに眉を寄せた。
「ティリアがそう言ってくれるだけで、
俺たちは救われる」
「本当に……
すまなかった」
「もうっ、
過去の話ばかりするなら寝ますよ?」
わざと少し拗ねたように言うと、
二人は困ったように笑った。
「白夜王国でのティリアの噂は、
こちらにも届いている」
「先日は婚約パーティだったそうだな」
「おめでとう」
「幻影帝国の民達も、
ティリアを恋しがる者が多い」
「……一年前の私に、
教えてあげたいです」
そう呟くと、
二人は静かに目を伏せた。
「最近、
俺たちは帝王学を学んでいる」
レインお兄様がそう言う。
「王位継承権一位と二位がいなくなったからな」
「俺たちが繰り上がった」
「最近は大忙しだ」
「未来の国を担うためですもの」
「応援していますわ」
そう返すと、
アレスお兄様が少し寂しそうに笑った。
「……本当は、
婚約パーティにも出席したかった」
「だが、
王室の空気があまりにも悪くてな」
「いいのです」
「分かっていましたから」
「でも、
ただお兄様達に、
私は元気でやっていると伝えたくて、
フクロウを飛ばしたんです」
少しだけ言葉を迷ってから、
私は続けた。
「……もし来られるなら」
「結婚式の日は、
お兄様達にも見てもらいたいです」
「……っ」
レインお兄様が、
目を見開く。
「もちろんだ」
アレスお兄様も、
力強く頷いた。
だが。
次の瞬間。
アレスお兄様の表情が曇った。
「……母上はともかく、
ルシエラは壊れてしまった」
「今では、
ティリア暗殺未遂の首謀者として、
王城内でも腫れ物扱いだ」
「そんな……」
「アレス」
レインお兄様が、
咎めるように声を上げる。
「そんな話を、
ティリアにする必要はないだろう」
「……すまない」
「だが、
ルシエラがティリアへ執着しているのも事実だ」
「用心するに越したことはない」
「こちらでも目を光らせておく」
「また連絡するよ」
「……分かりました」
少しだけ、
胸がざわつく。
でも。
最後に。
レインお兄様が、
静かに尋ねた。
「……ティリア」
「お前は今、
幸せか?」
その問いに。
私は迷うことなく頷いた。
「……はい」
「とても幸せです」
それを聞いた二人は。
どこか寂しそうに、
でも安堵したように微笑んだ。
「良かった」
「俺たちは、
ティリアの幸せを願っている」
「誰よりも」
「そろそろ魔力切れだ」
「また連絡する」
そう言って、
通信は途切れたのだった。
一一
……魔力切れ。
私には、
あまり縁のない言葉ね。
そう考えた瞬間。
自分が普通の人間ではないことを、
改めて自覚してしまう。
……こんなことを考えても仕方ないわ。
それより。
お兄様達と話せて良かった。
白夜王国へ来てから、
一度も話せていなかったもの。
婚約パーティの招待状は送っていたけれど、
あの状態では来られないわよね。
そんなことを考えながら。
私は再び、
荷物整理を始めたのだった。




