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月蝕の花嫁  作者: 紫苑ユリ
月の女神
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白夜王国の嵐

――グラスの割れる音。


床へ崩れ落ちるレオニス様。


響き渡る悲鳴。


白い大理石を汚していく、鮮やかな赤。


幸福に満ちていたはずの婚約パーティは、

たった一瞬で悪夢へと変わった。


「レオニス様ッ!!」


駆け寄った時には、

彼の唇から血が零れていた。


震える手で抱き起こしても、

返事はない。


先程まで確かに微笑んでいた人が、

今はぐったりと瞳を閉ざしている。


……どうして。


どうして、こんなことに。


レオニス様はすぐに医務室へ運ばれ、

婚約パーティは中止となった。


原因が判明するまで、

そう時間はかからなかった。


月蝕の王を妃として迎えることに反対していた保守派貴族達。


そして――

震えながら名乗り出た、一人の若いメイド。


「も、申し訳……ありません……!」


顔を青ざめさせたメイドは、

涙を流しながら床へ崩れ落ちた。


「わ、私はただ……

“ミスティリア様へお渡ししてほしい”と頼まれただけなのです……!」


会場がざわめく。


メイドは震える手で、

毒入りのシャンパンが注がれていたグラスを見つめた。


「まさか……

毒が入っているなんて知らなくて……っ」


嗚咽混じりの声が響く。


「私はただ、言われた通りにしただけで……

レオニス殿下をこんな目に遭わせるつもりなんて……!」


その言葉に、

空気が凍り付いた。


毒は――

本来、私が口にするはずだったもの。


けれどレオニス様は、

何も知らぬまま、

自然な仕草でそのグラスを手に取ったのだ。


誰も、

止めることなど出来なかった。


「っ……」


息が苦しい。


胸の奥が焼けるように痛む。


自分が憎かった。


気付くべきだった。


受け入れられたなどと、

勘違いするべきではなかった。


その瞬間――


轟音と共に、

白夜王国の空が歪んだ。


先程まで祝福の光に包まれていた空を、

黒雲が覆い尽くしていく。


激しい風が城の窓を打ち鳴らし、

雷鳴が大地を震わせた。


まるで白夜王国そのものが、

月蝕の王の慟哭に呼応しているかのようだった。


シャンデリアの灯りが激しく揺れ、

貴族達の悲鳴が広間に響く。


「ま、まさか……」

「ミスティリア様の力が暴走している……!」


青ざめた顔で後退る者。


恐怖のあまり膝をつく者。


中には祈るように震えている者までいた。


誰もが知っている。


月蝕の王が感情を乱した時、

その力は災厄へ変わることを。


けれど、

そんなものを気にする余裕などなかった。


感情が制御できない。


悲しい。


苦しい。


怖い。


失いたくない。


その感情に呼応するように、

嵐はさらに激しさを増していく。


まるで国そのものが、

私の絶望を映しているかのようだった。


医務室で眠るレオニス様の傍へ辿り着き、

私は震える手で彼の手を握った。


冷たい。


嫌だ。


こんなの、嫌だ。


「……いなくならないで……」


掠れた声が零れる。


そして私は、

ようやく気付いてしまった。


――あぁ。


私は、

彼を愛しているのだと。


「レオニス様……」


ぽたり、と涙が落ちる。


「貴方に、愛していると伝えたい……

だからお願いします……」


震える指先を、

強く握り締める。


「また、私の手を握ってください……」


どれほどの時間が経ったのだろう。


嵐は未だ止まず、

窓の外では激しい雨が降り続いていた。


「ミスティリア様。

後は私たちが診ます。どうかお休みください」


エレノア達の悲痛な声が聞こえる。


けれど私は、

彼の手を離すことが出来なかった。


そして気付けば、

その手を握ったまま、

静かに眠りへ落ちていたのだった。

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