白銀の祝宴
休暇を終えたエレノアが戻り、
しばらく経った頃。
皆で朝食を取っていた時だった。
「……婚約の噂も、
随分と広まっているようだ」
アルセリオン国王が静かに口を開く。
「ミスティリア王女も、
“月の女神”として国民に受け入れられている」
「……そろそろ、
正式に婚約を発表してはどうだろうか」
そう言って、
アルセリオン国王はレオニス様へ視線を向けた。
「ぜひ発表させていただきたいです」
嬉しそうにそう答えるレオニス様。
「……ミスティリアも、
良いかな?」
私は突然のことに驚きながらも、
小さく頷いた。
「では一ヶ月後、
国内外の貴賓を招き、
盛大な婚約パーティを執り行おう」
「ミスティリア王女には、
フローリア王妃と共に準備を進めてもらいたい」
初めて王家の行事へ関わることになった私は、
嬉しさと同時に、
上手くできるだろうかという不安で胸がいっぱいだった。
「心配しなくても大丈夫よ」
フローリア王妃が優しく微笑む。
「きっと成功するわ」
そうして――
婚約パーティへ向けた、
慌ただしい一ヶ月が始まったのだった。
一一
招待客への招待状。
会場の装飾。
振る舞う料理。
食器の選定に至るまで。
フローリア王妃は、
公務の合間を縫って、
私と共に準備を進めてくださった。
そして、
気付けばあっという間に、
婚約パーティ前夜を迎えていた。
明日に備えて休もうかと思っていた時。
コンコン――
扉を叩く音が響く。
「……ミスティリア、
起きているか?」
扉を開けると、
そこにはレオニス様が立っていた。
「……入ってもいいか?」
そう言われ、
私は彼を部屋へ招き入れる。
そしていつものように、
二人でテラスへ出た。
「この一ヶ月、
婚約パーティの準備を頑張ってくれたと聞いた」
「ありがとう、
ミスティリア」
「いいえ」
「初めて王家のお仕事へ関われて、
とても楽しかったです」
そう答えると、
レオニス様は少し不安そうな顔で尋ねた。
「……不安はないか?」
「全く無いと言えば嘘になります」
「私を良く思っていない方も、
きっとまだいるでしょうから」
「……でも」
私は夜空を見上げながら、
そっと微笑んだ。
「それ以上に、
“私の居場所はここにある”と感じられることが、
とても嬉しいのです」
その言葉を聞いたレオニス様は、
どこか切なそうな顔で言った。
「明日はきっと成功する」
「忘れられない日になるよ」
そう言って、
私の髪へそっと口付けを落としたのだった。
一一
そして――
婚約パーティ当日の朝。
エレノアをはじめとした侍女達は、
朝から大忙しだった。
「王子殿下がお迎えに来られるそうですよ!」
「急がないと!」
「髪は絶対アップの方が素敵ですわ!」
「いいえ、
巻いた方が可憐さが際立ちます!」
皆が慌ただしく、
私の支度を進めていく。
ドレスは、
白夜王国を象徴する白と青。
そこへ、
まるで月光を織り込んだかのような銀糸の刺繍。
装飾も、
全てそれに合わせられていた。
「まぁ……
美しすぎるわ」
「本当に、
月の女神様みたい……」
感嘆の声が次々と上がる。
そしてちょうど支度が整った頃。
コンコン――
「ミスティリア、
支度はできたか……?」
レオニス様が迎えに来てくださったのだった。
侍女が扉を開ける。
部屋へ入ってきたレオニス様は、
私の姿を見た瞬間、
言葉を失った。
そして――
「……とても綺麗だ、
ミスティリア」
「このまま二人で過ごすのはどうかな?」
そう言って、
どこか得意げに笑うのだ。
「王子殿下!」
エレノアが呆れたように声を上げる。
「いくらミスティリア様がお綺麗だからといって、
独り占めしてはいけません!」
「今日はお二人の婚約パーティなのですから!」
そうして私は、
レオニス様に手を引かれ、
会場である大広間へ向かったのだった。
一一
「皆の者、
今日はよく集まってくれた」
アルセリオン国王の声が、
大広間へ響き渡る。
「本日は、
我が国第一王子レオニス・ルクシアと」
「隣国幻影帝国第二王女、
ミスティリア王女の婚約を祝う宴である」
「……さぁ、
二人とも前へ」
レオニス様にエスコートされ、
私は壇上へ上がった。
その瞬間。
「なんて素敵なお二人なの……」
「あれが“月の女神”……」
「美しい……」
そんな声が、
会場中から聞こえてくる。
だが私は、
緊張を隠すのに必死だった。
「今日は集まってくれてありがとう」
レオニス様が穏やかに微笑む。
私は胸へ手を当て、
静かに祈るように言った。
「……この国に、
更なる光があらんことを」
そう祈るように告げた瞬間。
私の足元から、
無数の光の蝶が舞い上がった。
淡い金色の光を纏った蝶たちは、
昼の陽光を受けながら、
大広間いっぱいに羽ばたいていく。
まるで祝福そのもののように。
「……っ!」
「なんて美しい……」
「昼だというのに、
まるで月光が舞っているみたい……」
「これが……
“月の女神”……」
光の蝶たちは、
来賓たちの肩やグラスへ静かに留まり、
やがて粒子となって消えていく。
その度に、
会場から感嘆の吐息が漏れた。
恐れる者など、
もう誰もいなかった。
誰もがただ、
その光景へ見惚れていたのだ。
レオニス様もまた、
蝶が舞う会場の中で、
優しく目を細めていた。
アルセリオン国王がグラスを掲げる。
「二人の婚約に――乾杯!」
その言葉を合図に、
私たちの婚約パーティは始まったのだった。
一一
お祝いの言葉を伝えようと、
次々に訪れる来賓たち。
慣れない挨拶と人の多さに、
少し目が回り始めていた頃。
「ははっ、
少し疲れてしまったかな?」
レオニス様が小さく笑う。
「少し抜け出して、
風に当たりに行こうか」
「でもっ、
主役の私たちが抜けてしまっていいのですか?」
「皆楽しんでいる」
「少しくらい、
きっと気付かれないさ」
そうして私たちは、
そっと大広間を抜け出し、
テラスへ向かったのだった。
一一
昼下がりの風が、
心地よく頬を撫でる。
「ミスティリアのおかげで、
皆とても楽しそうだ」
「私だけの力ではありません」
「フローリア王妃や、
お城の皆様が手伝ってくださったから、
今日を迎えられたのです」
そう言うと、
レオニス様は優しく笑った。
「……ははっ、
ミスティリアらしい答えだ」
「……幸せだ」
「君のおかげで」
胸が熱くなる。
そんな風に言っていただけるなんて、
少し前の私なら想像もできなかった。
そんな話をしていた時だった。
「王子」
呆れたような声が響く。
「主役がこんなところで何をされているのですか」
「今すぐ会場へお戻りください」
そこには、
額へ手を当てたレオニス様の執事が立っていた。
「ふふっ、
見つかってしまいましたね」
「レオニス様、
戻りましょうか」
そうして私たちは、
再び会場へ戻ったのだった。
一一
会場へ戻ると、
給仕のメイドが私たちへシャンパンを差し出した。
思わず受け取ってしまったけれど――
……まだ飲めないわ。
そう考えていると、
レオニス様がくすりと笑った。
「……君はまだ飲めないだろう?」
そう言って、
自然に私のグラスを受け取ってくださる。
本当に、
優しい人。
幸せだった。
――このまま、
幸せが続くと信じていた。




