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月蝕の花嫁  作者: 紫苑ユリ
月の女神
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雨夜の弱音

「きゃっ――」


「ひっ……!

申し訳ございませんっ、

ミスティリア王女様っ……!」


「幼い妹がいるのですっ……

どうか命だけは……!」


「……良いのよ。

気にしないで」



エレノアの弟夫婦へ、

赤子が産まれていたことを先日知った私は、

彼女へしばしの休暇を与えた。


……エレノアには、

申し訳ないことをしてしまったわ。


彼女は、

幻影帝国で一人ぼっちだった私へ、

唯一愛をくれた人。


それなのに私は、

弟夫婦の祝福へ行かせてあげることすら、

していなかったのだから。


「アルセリオン国王」


「私情で大変恐縮なのですが、

幻影帝国より同行した乳母エレノアへ、

しばらく休暇を与えたいのです」


「お許しいただけますか?」


白夜王国へ来てまだ日も浅い。


そんな中、

乳母を祖国へ返せば、

“諜報活動ではないか”

と疑われてもおかしくない。


だから私は、

きちんと許可を頂きに行った。


「……なぜだ?」


アルセリオン国王は、

探るような目で私を見つめる。


「彼女の弟夫婦へ、

赤子が産まれたと先日知ったのです」


「私が産まれてから、

彼女は毎日そばにいてくれました」


「……母のような存在なのです」


「だから、

家族の祝福へ行かせてあげたいのです」


少し考え込んだ後、

アルセリオン国王は静かに頷いた。


「分かった」


「エレノアが休暇の間は、

我が城の宮廷侍女を付けよう」



「ミスティリア様っ!

エレノアはそういうつもりで言ったのでは……!」


「それに、

私がいなくなったら、

身の回りのお世話は誰が……!」


一ヶ月の休暇を伝えた時、

エレノアはとても慌てていた。


「家族は大切にした方がいいわ」


「それにもう、

アルセリオン国王へお話してしまったもの」


「エレノアがいない間は、

このお城の皆様がお手伝いしてくださるそうよ」


「……だから、

“やっぱり大丈夫です”なんて言えないでしょう?」


そうしてエレノアは、

渋々弟夫婦の元へ向かったのだった。


「ミスティリア様っ!

エレノアはすぐ戻って参りますから、

どうかお元気で……!」


「ええ」


「エレノアも気を付けてね」


「あなたの旅路へ、

加護を」


そう言って、

光の加護を授ける。


次の瞬間、

金色の蝶がエレノアの周囲へ舞い上がった。



そんなことがあってから、

今はルクシア城の侍女達が、

私のお世話をしてくれている。


侍女が紅茶を淹れ、

私の元へ運んできた時だった。


「きゃっ――」


カップが揺れ、

熱い紅茶が私の足へ零れる。


「ひっ……!

申し訳ございませんっ……!」


「幼い妹がいるのですっ……

どうか命だけは……!」


青ざめ、

震える侍女。


……どうしたらいいのかしら。


「良いのよ、

気にしないで」


「ちょうど冷たいものが飲みたかったの」


「アイスレモンティーを、

用意していただけますか?」


「私はこれから湯浴みをするので、

二時間後くらいにお願いしたいですわ」


「は、はいっ……!」


侍女は何度も頭を下げながら、

慌てて部屋を出て行った。


すると、

イヤーカフからルシエルが現れる。


「……冷やした方がいい」


そう言って、

赤くなった太腿へそっと手を当てた。


氷のように冷たい指先が、

火傷の熱を優しく奪っていく。



……穏やかに過ごせていると思っていた。


でもそれは、

周囲の人達に恵まれていただけ。


やはり

私は皆を怖がらせてしまうのね……。


あの日以降、

その侍女が再び私の部屋へ来ることは無かった。


部屋付きの侍女が、

日毎に変わるようになった頃。


夜。


コンコン。


部屋の扉が叩かれる。


「ミスティリア、

いるか?」


「……レオニス様?」


「ああ。

少し時間はあるか?」


私は扉を開けた。


そして私達は、

初めての夜と同じように、

テラスへ出ていた。


外は雨。


静かな雨音だけが、

夜へ響いている。


「……ミスティリア」


「エレノアが休暇へ行って、

寂しい思いはしていないか?」


「ふふっ」


「私は子供ではないのですよ」


……寂しい思い。


これが、

“寂しい”という気持ちなのかは分かりません。


でも――


『ねぇ、

今日の部屋付き誰?』


『粗相をしたら、

この世から消されてしまうわ……』


『出来ることなら、

部屋付きなんてなりたくないものね』


侍女達の声を、

聞いてしまった。


皆、

私を“怪物”と呼び、

恐れているのだと。


レオニス様と共に白夜王国へ来てから、

あまりにも穏やかな日々が続いていたから、

忘れていた。


“忌み子”と呼ばれた私が、

幸せになることなど、

許されないのだと。


「……ミスティリア?」


「大丈夫か?」


困惑したように、

レオニス様が私を見つめる。


私は少しだけ俯いて、

小さな声で言った。


「……少しだけ」


「そばにいていただけますか……?」


その夜は、

雨だった。

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