初めての誕生日
コンコン。
「ミスティリア」
「今夜、
皆で食事をすることになってしまった」
「時間になったら、
また迎えに来る」
「それまで少し休むといい」
扉越しにそう伝えると、
少し間を置いてから、
ミスティリアの声が返ってきた。
「……いいのですか?」
「楽しみにしておきます」
扉を開けた彼女は、
少し驚いたような表情を浮かべながらも、
柔らかく微笑んでくれた。
*
晩餐の時間となり、
俺は再びミスティリアを迎えに行った。
大広間へ案内し、
彼女を自分の隣へ座らせる。
「……緊張しているのか?」
「ええ、
少し……」
そう言って、
困ったように笑うミスティリア。
……無理もない。
今日初めて会った他国の王族達と食事など、
俺だって気疲れする。
それでも彼女は、
誰へも丁寧に微笑んでいた。
そして食事を終えた頃だった。
大広間の扉が開き、
使用人達が入ってくる。
……大きなケーキを運びながら。
驚いたように目を見開くミスティリアへ、
父上が穏やかに口を開いた。
「ミスティリア王女」
「レオニスから、
今日が誕生日だと聞きました」
「改めて、
白夜王国へようこそ」
セルフィーナが、
楽しそうに笑う。
「お兄様ったら、
本当は二人きりでお祝いするつもりだったのよ!」
「セルフィーナ……!」
「ふふっ、
だって本当でしょう?」
フローリア妃も優しく微笑んだ。
「さぁミスティリア王女、
ロウソクを吹き消しなさいな」
「……ミスティリア?」
その時だった。
ミスティリアの瞳から、
一筋の涙が零れ落ちたのだ。
「っ……」
「私は……
お祝いされたことがないので……」
「自分の誕生日を、
知らないのです……っ」
「……だから」
「自分のために祝われることが、
こんなにも嬉しいことだなんて……」
声を震わせながらそう言う彼女へ、
胸が締め付けられる。
俺は静かに言った。
「ここでは、
毎年祝おう」
「ミスティリア」
「願い事を心の中で唱えながら、
ロウソクを吹き消すんだ」
ミスティリアは、
涙を拭いながら小さく頷いた。
そして――
ふっ。
灯りが消える。
フローリア妃が、
優しく問い掛けた。
「ミスティリア王女は、
何を願ったの?」
ミスティリアは、
少しだけ微笑みながら答えた。
「……生きとし生けるもの、
全ての幸せです」
……彼女は、
本当にそう願ったのだろう。
疑う余地すら無かった。
それほどまでに、
ミスティリアは優しい。
*
晩餐会も終わり、
皆が寝静まった頃。
俺は、
ミスティリアの部屋の前に立っていた。
コンコン。
「ミスティリア、
起きているか?」
返事がない。
……もう眠ったのかもしれない。
そう思い踵を返そうとした時、
扉がゆっくり開いた。
「……レオニス様?」
「すまない、
眠っていたか?」
「ちょうど、
寝ようとしていたところでした」
そう微笑む姿が、
あまりにも愛おしい。
「……ところで、
こんな夜更けにどうされたのですか?」
俺は少し迷った後、
正直に答えた。
「……会いたくなったんだ」
ミスティリアは、
一瞬目を見開いた。
そして少しだけ間を置いた後、
扉をそっと開く。
「……入りますか?」
俺達は、
ミスティリアの部屋のテラスへ出た。
白夜王国の夜景が、
月明かりの中で静かに輝いている。
「……目を閉じて、
手を貸してくれないか」
「……?」
不思議そうにしながらも、
ミスティリアは素直に右手を差し出した。
そして――
「さぁ、
目を開けてごらん」
ミスティリアが目を開ける。
その右手薬指には、
白銀の指輪が輝いていた。
「ミスティリア」
「一目見た時から、
君に惹かれていた」
「君を幸せにすると誓う」
「……君が十六歳になったら、
結婚しよう」
ミスティリアは、
静かに俺を見つめた。
そして――
「ええ、
もちろん」
と、
柔らかく微笑んだのだった。
……本来、
こんなことをする必要は無い。
ミスティリアは俺の婚約者として、
白夜王国へ来たのだから。
適齢期になれば、
結婚する運命だった。
だが、
伝えたかった。
愛を知らないまま、
愛することを辞められなかった少女へ。
愛を教えたいと。
彼女の気持ちは、
まだ分からない。
それでも、
俺の想いは止められなかった。
「ミスティリア」
「……君が欲しい」
そう告げ、
俺はそっと、
彼女の銀髪へ口付けを落としたのだった。




