王の器
ミスティリア様が“月蝕の王”となられてから、
目に見えてルシエラ様は変わられました。
今まで“忌み子”と見下し続けていたミスティリア様が、
今や世界すら揺るがす
“本物の王”
となってしまったのですから。
さらに、
ルシエラ様はレオニス王子の婚約者候補からも外されたようでした。
レオニス王子は、
明らかにミスティリア様へ惹かれておられます。
長年彼女を苦しめ続けたルシエラ様とは、
婚約ですらしたくない――
それほど強い意思表示だったのでしょう。
その上、
六精霊王達までもがミスティリア様へ忠誠を誓っているのです。
ルシエラ様が暴走するまで、
そう時間はかかりませんでした。
紫色の雷鳴が轟き、
黒い吹雪が空を覆う。
海は逆流し、
魔獣達は暴走を始めました。
「ルシエラ!
もうやめてくれ!」
「川が氾濫してしまうっ!」
アレス様やレイン様の制止も、
ルシエラ様へ届くことはありません。
「アハハっ……!」
「全部、
全部、
“忌み子”がやったことにしてしまえばいいのよっ!!」
「そうしたら、
次期国王は私だわ!!」
そして、
ルシエラ様の思惑通り、
人々は皆口にし始めたのです。
「やはり、
月蝕の王は災厄なのだ」と。
――その頃。
ミスティリア様は、
月影の塔で空を見上げておられました。
城の裏手に建てられたこの塔からでは、
城下町の様子は見えません。
だからこそ、
この騒動にも気付いておられなかったのでしょう。
「……毎日こんなお天気では、
困る人がいるでしょうね」
憂いを帯びた表情でそう仰った、
その時でした。
ミスティリア様のイヤーカフが淡く輝き、
氷の精霊王ルシエル様が顕現されたのです。
「この前、
氷の薔薇をやった子供からだ」
「家屋は倒壊し、
川は氾濫。
怪我人や行方不明者も出ている」
ミスティリア様は、
静かに目を伏せられました。
「……助けなくては」
――そして。
「行くな!」
「お前が現れれば、
余計に混乱する!」
アレス様の制止を振り切り、
ミスティリア様は城下町へ向かわれました。
――人々は騒然としました。
“月蝕の王”
その存在そのものが、
恐怖の象徴となっていたのです。
ですが、
ミスティリア様は気にすることなく、
静かに仰いました。
「精霊王達。
力を貸してほしいの」
その言葉を合図に、
六精霊王達が顕現されたのです。
雷の精霊王ヴェルディア様は、
暴走した雷鳴を鎮め、
雨雲を切り裂きました。
水の精霊王ネレイア様は、
荒れ狂う海と洪水を静めます。
炎の精霊王イグニス様は、
暴走した魔獣達を焼き払い、
氷の精霊王ルシエル様は、
黒き吹雪を凍てつかせ止めたのです。
そして――
嵐の中心で、
ミスティリア様は静かに祈られました。
「お願い……」
「もう、
誰も傷付けないで」
闇と光の精霊王達の加護のもと、
ミスティリア様は
“月蝕の力”
を解放されたのです。
――破壊と創造。
――闇と光。
全てを受け入れ、
世界の均衡を保つための力。
次の瞬間、
帝国全土を覆うほど巨大な結界が空へ現れ、
世界を眩い光が包み込みました。
そして。
荒れ狂っていた嵐は嘘のように消え去り、
空には穏やかな陽光が差し込んだのです。
……それだけではありません。
壊れた橋や家屋までもが、
光に包まれ、
元の姿へ戻っていったのでした。
そして人々は、
気付くのです。
――“月蝕の王”は、
災厄ではなかったのだと。
その時でした。
「ミスティリアさまが、
みんなをたすけてくれたんだ!!」
そう叫びながら駆け寄って来たのは、
あの少年――ルカでした。
ミスティリア様は、
優しく微笑まれます。
「ルカ」
「貴方が助けを求めてくれたおかげよ。
……ありがとう」
その笑顔は、
まるで世界を照らす月光のようでした。
……そして。
人々は、
月蝕の王を前に、
次々と跪き始めたのです。
「っ……
頭を上げてください……!」
困ったようなお顔をされるミスティリア様。
……ですが、
もう誰もが理解していました。
貴女こそが、
誰もが望む“王の器”なのだと。
それでも。
どうか、
ミスティリア様はミスティリア様のままでいてくださいませ。
――一方。
思惑通りにならなかったルシエラ様は、
狂気を滲ませながら、
月蝕の王を睨み続けておられました。
……あのお方は、
このまま終わる方ではありません。




