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月蝕の花嫁  作者: 紫苑ユリ
月蝕の王
33/94

優しい王

――私、エレノアは、

ミスティリア様を裏切った。


そのうえ、

あの方に救われた身でありながら、

拒絶してしまったのだ。


「……ひっ、

ミスティリア様……」


「エレノア……

怖がらないでっ……」


「この花を、

貴女へあげようと思って……」


……私は、

大好きなミスティリア様を悲しませてしまった。


もう、

あのお顔を見る資格など無い。


そう思い、

私が月影の塔へ出入りすることは、

必要最低限となっていった。


そんなある日。


ハーブの買い出しのため、

城下町へ下りた時のことでした。


……ミスティリア様も、

町へ出ておられたのです。


ですが、

前とは違いました。


人々は皆、

ミスティリア様を見るなり、

家の扉や窓を閉ざしていったのです。


かつて、

あの方に救われた者達でさえも。


ミスティリア様が、

平民区へ歩を進められた時でした。


一人の幼い少年が、

両腕を広げ、

彼女の前へ立ちはだかったのです。


「みんなが、

“かいぶつ”だっていってたんだっ!」


「ここからさきは、

とおらせないぞっ!!」


視界の端には、

怯えながら隠れている小さな子供達。


……おそらく、

あの子の弟妹なのでしょう。


ミスティリア様は、

悲しそうに微笑みながら仰いました。


「勇敢なお兄さんなのね……」


「でもね、

私を待っている人がいるから、

行かなくてはならないの」


「……それなら、

私のことを見張るために、

一緒について来てくれないかしら?」


「誰も傷付けないと約束するわ」


「……ほんとう?

……やくそくしてくれる……?」


「ええ、もちろん。

約束するわ」


「わかった!

……でも、

どこにいくの?」


「花屋のリリーのところよ」


「手紙をもらったの」


「おばあさんと、

ふたりでくらしてる?」


「ええ、そうよ」


――そして。


コンコンコン。


「リリー?

いるかしら」


「……っ!!

ミスティリア様っ……!」


「本当に、

来てくださったのですねっ……!」


「もちろんよ」


「それで、

おばあ様はどちらに……?」


「っこちらです……!」


「もう寝たきりで……

医者からも、

助からないと言われて……!」


「どうかお願いしますっ……!

たった一人の家族なのですっ……!」


ミスティリア様は、

リリーさんの涙をそっと拭われました。


「泣かないで」


「もう大丈夫だから」


そう仰ると、

眠るおばあ様へ両手をかざし、

静かに目を閉じられたのです。


ミスティリア様の手から、

眩い金色の光が溢れ出す。


そして次の瞬間――


おばあ様は目を開き、

涙を流しながら仰いました。


「あぁ……

ミスティリア様……」


「リリーを、

もう一度抱き締められる幸せをくださって……

心より感謝いたします……」


リリーさんの家を後にする時、

彼女は涙を浮かべながら言いました。


「絶望の中、

奇跡を信じて手紙を出しましたっ……!」


「本当に、

来ていただけるなんて……!」


「ミスティリア様……

一度ならず二度までも、

助けてくださってありがとうございます!」


「皆、

ミスティリア様を誤解しているのですっ……!」


「私は、

貴女様の優しさを信じています!」


するとミスティリア様は、

優しく微笑まれました。


「ふふっ、

ありがとう」


「困っている人を助けるのは、

当たり前のことよ」


……それは、

それは美しい微笑みでした。


結局、

最後までついて来ていた少年――ルカは、

気まずそうに俯いていました。


「ルカ、

私はもう城へ帰るから、

家の近くまで送っていくわね」


「……ごめんなさい」


「ぼく、

みんなのいうことをしんじてた」


「みすてぃりあさまは、

こんなにやさしいひとなのに……」


そう言って、

ルカは泣き出してしまったのです。


「ふふっ、

泣かなくていいのよ」


「勇敢に立ち向かって、

とってもかっこよかったわ」


ミスティリア様は、

ルカをそっと抱き締められました。


……まるで、

雲を包むかのように。


優しく、

優しく。


「っ……でもっ、

でもっ……!」


「こんなにやさしいひとなのに、

みんなが“かいぶつ”ってよぶことも……!」


「それを、

しんじるひとばっかりってことも……!」


ミスティリア様は、

少し困ったように笑われました。


「ルカみたいに、

泣いてくれる人がいるだけで、

私は幸せなの」


「……とっても」


「良いものをあげるから、

もう涙を流すのはおやめなさい」


「私が虐めてるみたいじゃない」


そう言って微笑むと、

氷で出来た薔薇を、

ルカへ手渡されたのでした。


「ミスティリアさまっ!

ありがと〜!!」


「おはな、

たいせつにするね〜!!」


「困った時、

薔薇へ助けを求めたら」


「もしかしたら、

天使の加護が訪れるかもしれないわね」


そう言って、

ミスティリア様は得意気に笑われたのです。


――あぁ。


私は、

何を勘違いしていたのでしょう。


御姿は変わっても、

あの方の心は何一つ変わっていない。


……そんなこと、

分かりきっていたはずなのに。


その夜。


私は、

月影の塔へ向かいました。


「……エレノア?」


貴女は、

あの日と同じように微笑んでくださるのですね。


「……ミスティリア様っ……

申し訳ございませんっ……!」


「裏切った私を救ってくださったのに……

私は、

貴女を拒絶してしまったっ……!」


するとミスティリア様は、

優しく首を横へ振られました。


「……エレノア、

いいの」


「この塔にいた十四年間で、

唯一話しかけてくれた人だもの」


「“忌み子”ではなく、

“ミスティリア”として」


「……っ!

ミスティリア様っ……!」


私は初めて、

ミスティリア様を抱き締めました。


……まだ幼く、

小さなお身体で。


どれほどの孤独を背負ってこられたのでしょう。


私は誓います。


ミスティリア様が幸せになる為ならば、

鬼にも悪魔にもなりましょう。


……たとえ、

この身が滅びようとも。


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