第10話 時の魔法
頭の中は、全て読まれてしまうのだろうか?
荘厳で美しいドラゴンは、しつこくて、おしゃべりだった。
「ここか?」
突然、フーッと吹き付けられた暗い炎は、窓から差し込む、沈みかけの夕日に変わった。
エルネンは、執務室に立っていた。
二年前の、あの日だ。
イリヤを抱きかかえ、泣き崩れる自分を見下ろした。
刺した短剣は、亡き姉から貰ったものだった。手で弄んでいる時に、偶然イリヤが襲ってきたのだった。
それは、偶然だったのだろうか。
「それとも。」
床に広がる赤い血は、気がつけば上質なカーペットに変わる。
派手で、広い寝室。大きなベッドの上で、痩せた女が、息を引き取るところだった。
母だ。
飲んだ毒は即効性ではなく、長く苦しんだ。
さらに幼い自分は、また、涙を流していた。悲しかったかは思い出せない。
腹違いの兄を殺し、王妃との女の戦いを先に始めたのは、自分の母だった。
「イリヤ・エリオールが、お前を裏切った理由を知りたくはないか?」
「ドラゴンがこんなに俗世的で悪趣味だとは、驚いたよ。」
次に現れた場面は、見たことがないものだった。
母の若い頃だ。
王の寵愛を受けた傲慢なお姫様は、何の無礼を働いたのかわからないが、目の前にいるメイドを騎士に切り捨てさせた。
背の高い、赤い癖毛のメイド。
エルネンは、このメイドが、母親か姉か、イリヤの血縁者であることが一目で分かった。
「そして、王妃に手引きされて、復讐のためにお前に近づいたんだ。ここからやり直すか?」
陳腐な復讐劇だ。しかし、人はそれに人生を捧げる。
「遡り出すとキリがないからな。王が、侵略した国からお前の母親を、無理矢理連れて来るところまで戻るか?」
首を振った。
「泣くなよ、悪かったって。それよりは、こっちの方が健全だって言いたかったんだ。」
伏せた目を、ゆっくり持ち上げた。すると、丸くて赤い瞳に、覗き込まれていた。
「泣いてるの?大丈夫?」
話しかけられた。もしかしてもう、過去に戻ったのだろうか。
森の中。薄気味悪い城の前だ。
「その人は王子様よ。言葉遣いを正しなさい。」
赤い瞳の少年は、頭を叩かれた。
二年前のアリストラは、小柄で、この時は僕と同じくらいの身長だったらしい。
「この子たちは、きっと役に立ちますわ。」
ステラは、腕を組んで山を見上げた。
これから一行は、ドラゴンの討伐に山へ入るところだった。
兄テオールに、北部へ呼び出されたのを無視すれば、エルネンも同行するはずだったのだ。
後ろには、若い第二騎士団達が並ぶが、クレマチスの姿がない。代わりに、第一王子の元へ向かったのだろう。
「この子たち?」
隣に立っていたカインが聞いた。変声期特有の、ガラガラした掠れ声だ。
「ほら、あんたも行くんだから。」
ステラの後ろに隠れていた女の子は、背中を押され、ヒョコッと顔を出した。
銀髪に、真っ赤な瞳だ。目をパチパチと瞬きさせて、こちらを見ている。子ウサギのようだ。かわいい。
もし、過去に戻れたのなら、絶対にカインよりも先に挨拶してやろうと思っていた。
「初めまして。ハイラル王国の第二王子、エルネン・ハイラルです。」
手を差し出すと、人見知りなその子は、恐る恐るその手を取った。
「私は、リリアー……。」
声が小さくて、その先は聞こえなかった。




