第9話 引力の魔法
リリアーナは、再びステラの首輪が反応しているのを感じた。
目の前は、まるでバチバチと火花が散るように、視界が白黒横転し、首がグググっと締まる。
ドラゴンの魔法を手に入れてから、魔法を使うといつもこんな状態になった。
ドラゴンの魔法と、ステラの魔法が、身体の中で反発し合うのだ。
しかし、ドラゴンの魔法に勝る魔法はない。
剣を持つ手にグッと力を入れると、首の鎖は、砕けて外れ、宙に舞った。
ボッと右目が明るく輝いた。そして徐々に、色を失っていく。
一度の魔法と引き換えに。
「うわあああああ。」
歴戦の剣士たちの、情けない悲鳴があちこちで上がる。
止まっていた時間は、再び動き出した。足元に、地面はない。
空に、落ちる——
地面と空は、反転したのだ。重力の魔法とか、引力の魔法とも言われていた。
リリアーナは、逆立つ髪の先に空を見下ろした。
曇り空に吸い込まれる、騎士やら武器やら、馬やらの中から、王女を探した。
「頑張ってくださいね。」
この視界に入るものは、思うがままだ。
ローザ王女と、テオール王子と、その周辺にいた魔女たちを、手を伸ばして、その中に収めた。
グッと腕を引くと、そこら一帯は城の中に吸い込まれ、門を閉じた。
「……私はこの魔法で、空を飛んでみたかったのに。」
世界は再び、重力を取り戻す。
空から地面に、引き寄せられる——
ガシャンガシャンと、騎士たちが地面に落ちていく。
魔法はまだ、終わっていない。赤髪の魔女を見つけ、そこに手を伸ばす。
オリビアは、ピタッと空中に張り付けられた。
「——アリス!」
アリストラはまだ、血の涙を流していた。フワフワと空中に浮かぶ女に狙いを定め、弓を引いた。
「…………師匠。」
弓から放たれた短剣は、魔法陣を潜り、速度を上げ、オリビアを突き刺した。
それと同時に、リリアーナは落ちてきたカインを、下から剣で貫いた。
下敷きになり、勢いそのまま、二人は階段を転がり落ちていった。
エルネンはまだ、空にいた。
バタバタと暴れながら落ちていくドラゴンを下に位置取り、その瞳を、剣で突き刺した。
時間は再び、停止した——
「エルネン・ハイラル。魔法が欲しいか?」
エルネンの頭の中に、声が響いた。
身体は動かないが、視線は動かせた。眼下には戦場が広がっている。
門の外は、まだ戦闘が続いている様だ。門の中に、テオールたちの姿はない。上手くいったのだろうか。
「未来を見るか、過去に戻るか。それともこのまま、時を止めようか。」
ゆっくりと、ドラゴンの瞳が瞬いた。
赤錆色の瞼の奥から、僕を値踏みするかのように、ジッとこちらを見据えていた。
その双眸は、エメラルドに輝く。
思わず、息を呑んだ。
ドラゴンって、喋るんだ。
「今使わないと、だめですか?」
「ワタシを、探していたのではないのか?」
ドラゴンは、その魔法を必要とする者の前に現れるのだという。偶然だと思っていたが。
エルネンは、そのドラゴンを探していた。
「過去に、戻りたい。」
「いいだろう。」
翠玉は、僕を飲み込んだ。




