第2話 魔女は月の下で赤ワインに酔う〜愛を毒林檎が喰らう〜
やけに月が大きくて、明るい夜だった。
二人の王子は肩を並べて、だだっ広い荒野の先を、ジッと眺めていた。
明日はそこが、戦場となる。
エルネンは、兄、テオールから注がれた赤ワインに、眉を顰めた。バルコニーは風が冷たく、まったく酔う気がしなかった。
「そんなものに参戦して、問題ないのですか?」
この先にあるロッタ王国は、北部を代表する、リーダー格の国の一つだ。北部の意思と言っても過言ではない。
その国の、ほんの二週間前に失敗した反逆のリベンジに、加勢するという。
「国王につくか、反逆の王女につくか、勢力は半々だ。」
周りの国も巻き込んで、なかなかの規模になるらしい。
「王女は、温厚な方だ。この長く続く戦争を嘆いている。それは、俺も同じだ。」
「温厚な方は、反逆などしませんよ。父上は、これを許したのですか。」
「まさか。王女とは約束をしていて、これが終われば兵を借りて、国に戻ることになっている。」
「……は?」
「この反逆が成功すれば、今度は俺たちの番だ。」
……俺たちの番とは?
「父上を殺して、王座を奪うつもりですか。」
「殺すって、エルネン。この二年間、少しも気が付かなかったのか?」
エルネンはさっきから、まったく酒の味を感じられなかった。
♢ ♢ ♢
「王様はもうすでに死んでいて、操られているということですか。」
「操舵の魔法は、死人にも使えるのよ。」
魔女ステラはワイングラス越しに、あんぐりと口を開け固まる弟子二人を眺めた。
二年か。王子たちすら気づかないのだから、この王国に王など、不要なのかもしれない。
「こんなことができるのは、一人しかいないわ。」
三人だけになった応接室は静かで、動き出した時計の振り子が、コッチ、コッチ、と部屋に響いた。
「……さすが。」「で、どうするのですか次は。」
二人はやはり、ピンときていないようだ。
「私じゃないわよ。あの子が、この国で悪さをしているようだから。」
オリビア。もう何年も、姿を消したままだった。
「師匠の様子を伺うために、俺たちをこの仕事に送り出したのですね。」
しかしこの二人は王子に夢中で、王宮に潜む影には、たどり着けなかったらしい。
まさか、王妃に手を貸し、王の亡骸を操っているなどとは、つゆにも思わなかっただろう。
それは、私もだ。
「第一王子の反逆に、手を貸すわ。」
「……そこで、オリビアを始末するつもりですか。」
抑えたつもりか、しかし微かに震えた声。アリストラは、助けを求めるように視線を彷徨わせていた。
この子がオリビアに特別な感情を抱いていることは、わかっていた。
「連れて帰ればいい。そうでしょう、ステラ。」
リリアーナは、小首を傾げた。
ことはそう、深刻じゃない。そう言っているわけではなく、その後のことに、気を取られているのだろう。
「あんたたち、ドラゴンを倒しに行くんだって?時を戻して、王子様の愛しの護衛を生き返らせるとか。」
銀髪に隠れたいつものすまし顔が、一瞬だけ不愉快そうに歪んだ。つい、口元が緩んでしまう。
「嫌なら、止めればいいのに。」
エルネンの隣は自分だけだと、そう言えばいいのに。しかし、そういうことは出来ない子だ。
そして時がくれば、身を引くはずだ。自分より人の幸せを優先する、不器用で、優しい子。
「まあ、いいさ。やるだけやってみたらいい。」
王子から貰った赤ワインは渋くて、その重さはゆっくりと、静かに宙に溶けていった。
「あんたたちは、わかりやすいのにねえ。オリビアが考えていることは、昔からよく分からなくて。」
どうしていつも、私に突っかかってくるのだろうか。
「今も昔も、あなたと戦いたいのでしょう。」
やれやれと、二人は顔を見合わせため息を吐いた。
ふと、オリビアの袖を引く、小さな姿を思い出した。
いつの間に、こんなに大きくなったのだろう。
「それじゃあ、娘の希望に答えようか。」
ステラの瞳は、鋭く光った。




