第5話 魔法使いアリストラは、寒いのが得意
一行は、白く染まった山の中だ。馬たちは、サクサクと音を立てて歩いた。
「近道が、山を突っ切っていくことだとはね。」
「もう雪が積もっているとは、思わなかったのです。」
王子の言葉は嫌味でもなさそうだったが、アリストラは頭をかいてため息をついた。
吐いた息は、フワッと白く色をつける。
三人と、第一騎士団の騎馬兵たちは、北部の戦争に参加するべく、山の中を進んでいた。
「こんな道があるとは知らなかったよ。」
「馬が走れる程度で良かったです。真冬には腰のあたりまで雪が積もるのですよ。懐かしいなあ、リリー。」
リリアーナは、こっくりこっくりと頭を揺らしながら、しかし器用に馬を操っていた。
エルネンはその様子を見て、クスクスと笑った。
「疲れているんだろう。寝かせてあげればいいよ。」
「……崖から転げ落ちても知らないぞ。全く。」
今にも寝息を立てそうな女もいるが、後ろに続く息づかいは、ハアハアと荒い。
そろそろ、馬を休ませなくては。
色のなかった森に、布が巻かれた木々が現れ、それを順に追っていく。赤、黄、赤、青。
「この辺りでドラゴンを追いかけていたことがありまして、その時につけた目印です。」
「この山にいるのは、なんのドラゴンなの?」
切り立った、ひらけた丘に出た。眼下に広がる銀世界は眩しく、裾野に向かって、茶色くグラデーションがかかっていた。
麓はまだ、雪が積もっていないらしい。
「ここにいるのは、魔法禁止の魔法を持つドラゴンです。師匠がステラと喧嘩をして、その魔法陣を勉強しに来たのです。」
ドラゴンの魔法陣を精巧に再現できるほど、その魔法は強くなる。
「魔法使い同士の争いで、これほど重要な魔法はありません。師匠は、ステラに戦いを挑んではコテンパンに負け、俺たちを連れ出し、修練を積みました。」
ここ以外にも、ドラゴンを探して、三人でいくつもの山に登った。しかしそのうち、連れていかれることも無くなっていった。
いつからか、オリビアは過度に力に固執するようになった。二人の弟子を育てることよりも、ステラに勝つことに囚われた。
そのまま、だんだんと帰って来なくなった。
『さすが、私の弟子たちだ。』
そう言われて抱きしめられた。腕の中の温もりを思い出す。
冷たい風が吹いた。
「……リリー、何か聞こえないか。」
「……んん。」
彼女は目を擦り、グッと体を伸ばした。休憩だ。騎士たちが馬を降りようとした、その時だった。
山側の空から、ドラゴンが姿を現した。
「「「「ええっ。」」」」
こちらめがけて飛んでくる。
「な、なんで。」
「ど、どうする?」
このドラゴンは人嫌いだ。山を横断するくらいで、遭遇するとは思わなかった。
羽ばたきで雪が舞う。鱗は景色と同化するような白で、キラキラと雪の光を反射する。
近くまでくると、なんだか品定めでもするかのようにこちらを見ている。というか、エルネンのことをジッと見ていた。
「美しいなあ。」
王子は呟いた。
その途端、ドラゴンは大きく羽を広げ、エルネンを馬ごと吹き飛ばした。
「ちょ、ちょっと待った!」
その方向に、慌てて手を伸ばす。
魔法陣を大量に広げ、エルネンの体をなんとか空中で受け止めた。馬は、崖を滑り落ちていく。
ドラゴンはもう一度、エルネンを仰いだ。
すると今度は、雪を纏った巨大な魔法陣が出現し、エルネンにゆっくりと向かっていく。
それが、冷たい風と共に王子の体を通り抜けた。
アリストラの魔法陣は霧のように散り、エルネンはヒュッと姿を消した。
落ちたのだ。魔法禁止の魔法だった。
「エルネン様!」
リリアーナは、その後を追って崖に飛び込んだ。
俺と騎士たちは、呆然とそれを見ていることしかできなかった。




