4話 魔法使いアリストラは、失敗を認めない
アリストラは、窓を開け、部屋に充満する煙を外に追い出した。
モヤを吸い込んだ空と森は、それを溶かし、うっすらと輪郭を現し始めた。しかしまだ、星が小さく瞬く、夜明け前だ。
床に丸まって寝息を立てる王子を抱き抱え、ベッドに寝かせた。長いまつ毛の間から、涙が一雫溢れた。
術は、成功したのだろうか。
「あらら、リリー。大丈夫か。」
部屋を出ると、リリアーナが真っ青な顔をして、廊下に座り込んでいた。
「城に来てから、刺客を何人か倒したでしょう。そいつらが、一斉に襲ってきて。」
彼女は寝室でパタっと倒れたかと思うと、突然叫び声を上げて、部屋を飛び出したのだ。
「悪い夢を見たみたいだな。」
「本当にあれ、追想の術なんでしょうね。」
術は……、失敗したのかもしれない。
首を捻ると、リリアーナはやれやれと銀髪をかきあげた。
「まったく。まあ、いいよ。エルネン様は、真相にはかかわらず、時を巻き戻すっていうんだから。」
彼女が最近不機嫌な理由の一つが、これだった。ドラゴンの討伐が嫌なわけではない。
「……私がドラゴンを斬ろう。」
「……いいや、リリー。俺が倒そう。」
「え?」
彼女はポカンと俺の顔を見上げると、ケラケラと笑い出した。数日ぶりの笑顔だった。徐々に、顔色を取り戻す。
「そっか、アリス。それは、あんたの望みでもある。」
そうだ。イリヤ・エリオールを生き返らせることは、俺の望みでもあった。
「覚えていたんだな。」
「いや、思い出したんだよ。まだ、信じられないけど。確か、私はそれに協力すると約束したね。」
どれだけ笑うんだろう。涙を拭っている。
「そうだね。どうせこの先、嫌でも一緒だし。」
「嫌でもって、何だよ。」
リリアーナは、この国の騎士となることを、ステラに認められなかった。
俺たちは、この三年が終わればここを去り、ステラの下で、傭兵を続けていくことになるだろう。
「今度は、すぐにやられないでよ。」
彼女は、エルネンの右目にはなれない。
「わかってるよ。」
手を貸し、彼女は立ち上がった。もうそろそろ、王子が起きてくるだろう。
「……この戦争の行方は、わからないわけ?」
「まだ、物語が始まる前だからなあ。」
しかし、確実に進んでいる。
「はーあ。アリス、私が貴方様の右目となりましょう。」
「嫌々言うなよ。これからも長い付き合いになるんだから。そうだろ?」
「別に、嫌ではないよ。冗談。私たちに敵う敵はいないんだから。」
目の前の、重く、白い扉が開く。朝日と共に、王子が顔を覗かせる。
「二人とも、出発だ。」
金髪が眩しいくらいに煌めき、透き通るような碧眼が、宝石のような輝きを放つ。
その瞳が、キラキラと俺たちを魅了する——
「……エルネン様、もしかして泣いているのですか。私も悪夢を見させられて。」
「そんなことはしてないって。なにか……、違う魔法をかけたかもしれないけど。」
「失敗したなら、謝りなさいよ。なにをもじもじと。」
王子は笑った。
「いいや。僕は、悪夢ではなかったよ。」
リリアーナは、納得がいってないのか俺を睨みつけた。
「じゃあ、行きましょうか。」
視線を逸らして、先頭を歩いた。




