不意の悪辣
登場人物
丘坤…………美質な弓の名手。妖しの狻猊を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
韋震…………賊徒のような身形の若者。
尊盧…………妖し。黄色い瞳の武者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
心は痛まなかった。これから自分がしようとしていることより、もっと悪辣なことをする高官がいることを知っていた。
何事も強い奴が手に入れるのではない、手に入れる奴が強いのだ――。
いつしか韋震は、そう思うようになっていた。
韋震は、尊盧の云い付けに従って介象の一行を追跡し始めてから、自分自身も何者かに見張られている気配を察していた。
だが、その気配が突然消える。それが二、三度続いた。恐らく、目障りな者を尊盧が始末しているのだろう。韋震は、消える気配の数が増える度に臍が固まった。
一行は、陽が沈む前に寝床を作る。それも、木々が生い茂り、近くに水が流れる場所を好んだ。不思議な術を使い、瞬く間に木立の枝へ部屋を拵える。
その木立の部屋を寝床にするのは、決まって介象と丘坤だった。
同道するようになった藺離と欧陽坎は、夜更けまで見張り番のように振舞い、どういう訳か野宿だった。
そのような中に、韋震が見出した機会があった。
清拭にでも使うのだろうか。丘坤は、決まってひとりで水を汲みに行く。
韋震は、桶を持った丘坤が一行から離れるのを認めた。先回りすると、腹を押さえて倒れ伏し、渋面を作って大げさに呻いてみせた。
「ううう……痛っ……ううう……」
近付いてくる人の気配が、呻き声に気付いたように駈け寄った。
「大丈夫ですか――⁉」
女の声だった。身を寄せて介抱しようとしている。
「だ、大丈夫だ……」
声を震わせた韋震は、腹を押さえてふらつきながら立ち上がった。
心配げな面持ちをしている。韋震に手を貸そうとした丘坤は、まるで無防備だった。
刹那――。
韋震の繰り出した鉄拳が、丘坤の鳩尾を強かに撃った。
「――――⁉」
気を失った丘坤は、なよと韋震に身を預けるように倒れた。頭から落ちたのは、簪だった。
その丘坤を担ぎ上げた韋震は、近くの木立の陰まで走った。丘坤を地に寝かせると、慌てた様子で辺りを見渡しながら小声で叫んだ。




