凶事の兆し
登場人物
丘坤…………美質な弓の名手。妖しの狻猊を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
介象…………方士。干将、莫邪、眉間尺の三剣を佩びる。
元緒…………方士。介象の師であり、初代の介象。
藺離…………槍の手練者。妖しの火鼠を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
欧陽坎…………矛の手練者。妖しの短狐を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
巩岱…………細作。介象に仕える。
韋震…………賊徒のような身形の若者。
尊盧…………妖し。黄色い瞳の武者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
「おい! 出て来てくれ、尊盧さん! 約束どおり、女を攫ったぞ!」
すると――。
風が運んできたように、尊盧が現れた。
「良くやったな、韋震」
「早く此処から立ち去らねえと、気付かれちまうぞ!」
韋震は、捲し立てるように尊盧へ小声を発した。ふと、露わになった丘坤の右腕に眼が行った。八つの角がある黒い痣が眼に付いた。
「云われなくともわかっている」
尊盧は、右手の中指に人差し指を重ねると、胸の前に突き出し何やら念じた。
風が吹いた。
尊盧と韋震、そして、丘坤の姿が消えていた。
陽が沈む頃のことだった。
「おや? 丘坤の姿が見えぬが……」
焚火の周りに集った藺離と欧陽坎を前に、介象の肩で元緒が辺りを見渡した。
葦毛の駒には、烏号と矢嚢が括り付けられている。
「水を汲みに行ったようですが、暫く経ちますな。欧陽坎、水辺の当たりを見て来てくれ」
藺離は、長髯を扱きながら欧陽坎に目配せした。
「応よ。夕飯が遅くなっちゃあいけねえからな」
欧陽坎は、率先して腰を上げると、丘坤の名を呼ばわりながら水辺に向かった。
その時――。
「――――⁉」
何時から其処に居たのかわからなかった。気付けば、介象の背後に全身黒尽くめの者が拝跪している。顔も黒い布に覆われ、眼だけが露わになっていた。
「何者――⁉」
藺離は、弾かれたように腰を浮かせると、得物の槍を身構え、黒尽くめの者の所作に神経を張り巡らせた。
「問題ない、藺離。この者は、俺に仕える細作、巩岱と云う」
巩岱は、膝を折ったまま藺離に躰を向けると、一礼を施した。
ほっと胸を撫で下ろした藺離は、静かに腰を下ろした。




