当主か破門
登場人物
藺石…………藺家の当主。槍の達人。八人の子息を持つ。
藺授…………藺家の長子。苛烈な槍の名手。
藺離…………藺家の次子。槍の手練者。道徳的な思想を持つ。
藺翼…………藺家の三男。豪快な槍術の持ち主。
藺冑…………藺家の四男。鋭敏な槍術の持ち主。
火鼠…………炎を自在に操る妖し。
藺石の気配が消えていた。
異変に気付いた使用人たちが騒ぎ出すと、篝を持って中庭に集まり始めた。
複数の篝が中庭を照らした。
煤だらけの藺離が、槍を手に荒い呼吸をしていた。
高台で腕組みした藺石が、広大な庭の中央で対峙する二人に厳しい視線を向けていた。
藺離が火鼠を得てから五日後のことだった。
勝った方を当主とする――。
藺石は、藺家一門に触れを出した。
対峙する二人を大きく囲むように、門弟たちが集っている。
その中には、三男の藺翼と四男の藺冑、下の弟たち四人もいた。兄弟たちの誰人もが、年長の兄二人の挙動に注目していた。
無理もない。藺石が出した触れには続きがあった。
――敗れた方は破門とする。
対峙していたのは勿論、長子の藺授と次子の藺離である。
「こんな日が来てしまったか……」
「ああ。離兄は授兄に一度も勝ったことがない。勝てるとすれば、離兄しかいないのも確かだが……」
「番狂わせを期待するしかないのか……」
期待と不安が混ざったような面持ちで、藺翼と藺冑が二人の兄に視線を向けている。
穂先は穂鞘に包まれていた。槍を肩に担いだ藺授は、強張る顔で佇立した藺離に不敵な笑みを晒した。
「無駄な試合だ。何故、痛い眼を見る前に藺家から出奔することを選ばんのだ?」
「…………」
藺離は、無言で長兄を見詰め返している。
「――――⁉」
ふと、藺授は、藺離が手にしている得物が、藺石の愛槍であることに気付いた。藺授の笑みが、残忍なそれに変わった。
「父上に期待されているとでも云いたいのか? まあ、良い。愚弟に引導を渡すのも兄の務めだ」




