頼りの長兄
登場人物
藺石…………藺家の当主。槍の達人。八人の子息を持つ。
藺授…………藺家の長子。苛烈な槍の名手。
藺離…………藺家の次子。槍の手練者。道徳的な思想を持つ。
藺翼…………藺家の三男。豪快な槍術の持ち主。
藺冑…………藺家の四男。鋭敏な槍術の持ち主。
火鼠…………炎を自在に操る妖し。
穂鞘を抜き放った藺授は、ゆっくりと身構えた。冷たく光る槍の穂先が、藺離を向いている。
藺離は瞑目すると、大きく息を吸い込んだ。
出会ったのは、十五年も前のことだった。
何も知らず、大きな邸に預けられていた。もう顔も覚えていない。それっきり、母はいなくなった。
母を探すように広大な邸を彷徨い歩いた。歩くのに疲れると涕が出てきた。幼い藺離を襲ったのは、寂しさと不安だった。
「泣くな」
突如、肩に手を置かれた。
袖で涕を拭いながら、幼い藺離は声の主を見遣った。眩しいほどの破顔だった。
「俺は、授。お前は俺よりひとつ年下と聞いた。名は何だ?」
しゃくり上げながら、幼い藺離は応じた。
「……離」
「良し、離よ、今日から俺たちは兄弟だ。俺が兄でお前が弟。何も悲しむことはない。お前には俺がいる。俺たちは、いつも一緒だ」
屈託のない笑みを見せて諭す藺授に、幼い藺離は従うしか手段がなかった。
しかし、この日から兄となった藺授は、優しく頼もしかった。一緒にいると、愉しかった。槍に見立てた棒を預けられると、藺授と稽古に勤しんだ。日増しに寂しさと不安はなくなった。
それから二年もすると、また新たな童子が藺家に迎えられた。童子を連れてきた母のような女がいなくなると、その童子は、すぐさま寂しさと不安に襲われたようだった。躰が大きい分、泣き方も豪快だった。
「何も心配することはない。今日から俺たちは兄弟だ」
破顔した藺授が、童子の肩に手を置いた。
藺離も笑みを見せながら童子の手を取った。
その童子は、翼という名だった。
更に一年後、藺家に迎えられたのは、めそめそと泣く細身の童子だった。
藺授は、童子の肩に腕を回した。
「大丈夫だ。お前には兄が三人もいる」




