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もう一度プロポーズを。

 日曜日はあっという間にやってきた。


「おじゃましまあす。」


「いらっしゃい、相川さん。」


ズキズキと胸が痛む。

けれど、花乃は笑顔を作って相川を出迎えた。

この日の相川は、ふわふわのワンピース姿で、とても可愛らしく、那津の好みの服装をしていた。

リビングで待っていた那津も、花乃の後ろにいた相川を見て、優しく微笑んだ。

そんな那津の笑顔に、花乃はきゅっと胸を締め付けられた。

那津はコーヒーを準備して、花乃と相川の前に置いた。そして、那津は花乃の隣に座った。


怖かった。


けれど、花乃は雰囲気に耐えられず笑顔を作って話し始めた。


「相川さんが来るのって2ヶ月ぶりですね。」


「ふふ。そうですねえ。あの時は本当に突然で申し訳ありませんでしたあ。」


そう言って、2人で深々と頭を下げた。

そんな花乃と相川の姿を見て、那津は覚悟を決めたかのように大きくため息をついた。


「それで、花乃。話っていうのがな……。」


那津の言葉に花乃の鼓動は大きく跳ねた。

聞きたくない。

聞きたい。

聞いて早く楽になってしまいたい。

けれど那津のそばにいたいから、聞きたくない。

笑顔は作れても、花乃は心の整理までは出来ていなかった。

那津が口を開き、続きを言おうとした瞬間。


ピンポーン


玄関のチャイムが鳴った。

花乃は誰がきたのか検討も付かず、目をぱちぱちと瞬きした。


「あ。ごめんね。ちょっと行ってくる。」


そう言っていそいそと玄関へと向かった。


ーー正直、よかった。


泣かないと決めたのに、涙が溢れるところだった。

玄関を開ける前に、ごしごしと涙を拭いとる。

そして扉をゆっくりと開けた。


「こんにちは。」


「え……吉塚さん?」


そこには思いもよらない人がいた。

相川と一緒に来ていた那津の同僚の人だ。

スーツ姿の少し焦った様子に、花乃は首を傾げた。

吉塚も言い出しにくそうに、口をもごもごさせながら尋ねた。


「ここに、乃亜……えっと相川来てますよね。」


「え。あ。はい。」


吉塚は大きく長いため息をついた。

そして、深々と頭を下げた。


「本当にすみません。迷惑かけてしまってるみたいで……。」


「え……。え?」


何のことだかさっぱり分からない。

花乃は頭を下げる吉塚に困惑するしかなかった。


「あの、上がってもいいでしょうか。」


「え?あ。はい……どうぞ。」


「失礼します。」


腰の低い態度の割に強引な行動だな、と花乃は思った。しかし、状況が掴めない花乃はただただ成り行きを見守るしかできなかった。

吉塚は慌てた様子で家に上がっていく。そしてバタバタと足音を立ててリビングへの扉を開けた。


「花乃さん?」


様子がおかしいのが聞こえたのか、扉のそばには相川が立っていた。

そして、突然やってきた吉塚を見て、さっと顔色を変えた。相川を見つけた吉塚は少し安心したのか乱れた呼吸を整えるように深呼吸した。


「乃亜。」


「康太くん……。」


相川は慌てた様子で、那津と吉塚を交互に見ていた。その様子に気付いた吉塚は、那津のほうをちらりと見た。吉塚と目が合った那津は、にやりと不敵な笑みを見せた。

そんな那津の表情に、吉塚は大きくため息をついた。


「また那津を巻き込んで……。」


「康太くん、あの……これはね。」


どうやらなんでも分かっている那津は楽しそうにこの状況を見守っている。

しかし一方で何一つ分かっていない花乃はおろおろと狼狽えていた。


ーーこれ、修羅場?修羅場!?


吉塚は相川の肩を優しく抱き寄せた。


「たしかに俺ははっきりしないし甲斐性ないよ。」


そして、相川を抱きしめる力が少しずつ強くなっていく。


「でも乃亜のことは誰よりも好きだから!」


優しく相川を離し、吉塚はポケットからちいさな箱を取り出した。その箱に、相川はポロポロと涙をこぼし始めた。


「結婚してください!」


「康太くん……っ!」


相川は感極まって吉塚を抱きしめた。


「ごめんなさい!康太くん!私、康太くんからその言葉を引き出すために……!濱咲先輩のこと、好きじゃないからね!私が好きなのは、康太くんだから!」


わんわんと泣く相川の背中を撫でながら、吉塚は優しく声をかけた。


「わかってる。ごめんな。」


「ううん!私こそごめんね!」


それから暫く、2人は2人だけの世界を作って、抱きしめ合っていた。

状況に取り残された花乃は、ただただ呆然としていた。


「花乃、花乃。」


那津が小声で花乃を呼んだ。花乃はすがるような思いで那津に近付いた。


「どういうこと?」


「相川さんは吉塚が好きなんだ。」


「え!?」


「ほら、俺が相川さんの元カレって話。あれもさ、相川さんの作戦なんだよ。吉塚は学生の頃相川さんと出会ってさ、ずっと両思いだったんだよ。でも吉塚は相川さんのこと好きなくせに勉強ばっかりしてきたせいで恋愛に疎くてな。自分の気持ちにも気付いてなかったんだ。だから相川さんは俺と付き合うフリをすることで、強引に吉塚に嫉妬させて恋心を自覚させて、付き合ってたんだよ。」


「あ……アグレッシブ……。」


「まあ今回も吉塚にプロポーズさせるために、家に押しかけてきたんだろうな。」


「そうなの!?」


あの日の突撃訪問も相川さんの作戦だったのか、と驚く一方で感心してしまう。


「でも相川のヤツ、この契約結婚に気付いて、別の利用方法を思いついたんだろ。」


「そうなの……」


相川さんと那津は似ているからお似合いだと思っていた。まさか相川さんにまで那津のように利用されていたとは、さすがに花乃はそこまで思い至らなかった。


「花乃は騙されやすいからな。そんなんだから二股かけられるんだよ。」


那津は楽しそうににやにや笑っている。


「言わないでよ。結構トラウマなんだから。」


けれど、そんな那津の表情も久しぶりに近くで見れた。それが花乃にとってはすごく安心する事だった。どんどんと体の力が抜けていく。

一方で、相川と吉塚はイチャイチャし続けている。


「あーあ。私も恋したいなあ。」


そんな花乃の呟きに、那津はまた不機嫌になった。


「契約上でも、旦那の前で言うなよな。」


「だって、第三条二項に恋愛感情によく独占はしない、てあるじゃない。」


むすっとした表情で那津を睨みつけた。

那津は目を丸くして口をぽかんと開けた。


「でも恋愛感情を持つなとは書いてないんだぜ。」


「え。」


「俺が花乃を好きになるのも、花乃が俺を好きになるのも、契約違反じゃないぞ。」


花乃はよくよく契約の内容を思い出す。


「え。恋愛感情による独占って……?」


「『私と仕事どっちを取るの?』みたいなことだな。」


花乃はどんどん力が抜けていく。

今まで悩んでいたのが馬鹿みたいに思えてくる。


「なあんだ。私、結構心配したんだからね。最近那津の帰りが遅いの。」


「相川さんに付き合わされてたからな。浮気のふりって面倒くさ……。」


那津は大きくため息をついた。

どうやら相当辛かったようだ。


「そっか……。じゃあ那津も視野に入れて、恋愛見つけようかな。」


ーー本当は那津のことが好きだけど。


まだ那津にこの気持ちを伝えるつもりはない。

ちょっとだけ悪戯っぽくそう話すと、那津はお気に召さなかったようで、むっとした表情をした。


「だから俺にしとけって。俺たち、契約結婚くらいがちょうどいいんだよ。」


「そうかもねえ。でも1年後はどうなってるかわからないよ?なんせ那津と結婚して3ヶ月間、怒涛のような日々だったんだし。私に新しい出会いがあってもおかしくない気がしてきた。」


「確かに怒涛のような日々だったな。」


那津はちらりと花乃の様子を伺う。

沈んだ様子だった花乃が、今は幸せそうに笑っている。

それにつられて那津も笑った。


「そう言えばさ……。」


「ん?」


「俺、吉塚に結婚のこと聞かれてさ。まあ……色々と思うところがあったんだよ。」


花乃は那津の方を見た。

那津はじっと真剣な眼差しで花乃を見つめている。緊張しているように見えて、花乃まで緊張してしまう。

那津は花乃の左手を取り、薬指にはまっている指輪を撫でた。

その仕草が色っぽくて、花乃はだんだん顔が熱くなっていく。


「花乃、俺と結婚してくれませんか?」


そう言って、花乃の左手の指輪にキスを落とした。

那津の真剣な眼差しに、花乃は顔から火が出るかと思うほど、熱くなる。

しかし、手を振り払うこともできず、口をパクパクさせて、絞り出すように答えた。


「よ……喜んで。」


その答えに安心したのか、那津は優しく笑った。そして、優しく花乃を抱きしめた。


「良かったですねえ、濱咲先輩。」


「本当、断られなくて良かったな、濱咲。」


イチャイチャしていた2人からの突然の祝福に、今までのやり取りを見られていたのかと花乃は恥ずかしくて消えてしまいたいと思い始めた。


「うるせえ。俺たちはもともと夫婦なんだよ。」


「えー。でも契約上、ですよねえ。濱咲先輩、花乃さんに逃げられないよう頑張ってくださいねえ。」


「相川さんが掻き乱さなかったら、平穏な日々を過ごせたんだよ!」


「まあまあ。乃亜もそのくらいにしとけ。」


「康太くんが言うなら……。あ。でも濱咲先輩、花乃さんを泣かせたら怒りますからねえ。」


「まあ、悲し涙は流させないさ。」


那津は頭をパンクさせて目を回している花乃の頭を優しく撫でた。




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