運命の日
「もお仕事やだあーー!!!」
あの日、花乃はかなり酔っていた。
ビールジョッキを飲み干し、机に突っ伏して、愚痴を零し続けていた。
そんな花乃を黙ったまま見つめていた那津は、熱燗を一口飲んだ。
「何が将来有望だっつうの!」
酔っ払いに慣れた店員さんが、「ビールでーす。」と元気よく持って来てくれた。花乃のそばにビールジョッキを置いて、颯爽と立ち去っていく。
ちなみにそのビールで10杯目である。花乃は構わずジョッキを手に取り、またぐびぐびとビールを飲んでいった。
「荒れてんなあ。」
毎月一緒に飲み会をしているとは言え、ここまで荒れる花乃も珍しい。
「だってさあ!那津もわかるでしょ?周囲の期待っていうか、プレッシャーていうか。」
那津も身に覚えがあった。
花乃は真面目な性格が功を奏して、社会人として商社に勤めてから、着実に力をつけて頭角を表した。今は大きな仕事を任せてもらえるくらいになったと話していた。しかし、結婚適齢期を迎えてからと言うもの、親や職場から結婚結婚と言われるようになった。それからこういった愚痴が増えてきたのだ。
「あー……まあ、な。」
「しかも結婚って……こんなに残業してたら婚活の時間なんてないよお。」
確かに最近は残業続きでお疲れの様子。
こんな風にやさぐれるのも無理はないと思う。
那津は花乃の気持ちも分からないでもなかった。
「俺も忙しいけど、デートの誘いはどんどん来るぞ。積極性が足りないんじゃね?」
「イケメン滅びろ。一般人にはないの!」
那津は学生時代からちょくとょく告白されていた。理由は簡単。イケメンだからだ。
だが、那津にとってはイケメンなんて言われても好きな人に好かれないなら、意味がないものだった。
それにしても花乃にはそういった色恋沙汰の気配はないようだ。
那津は頬杖をついて嘆き悲しむ花乃の姿を見つめていた。
「あー早く結婚したいぃーー……。」
もし。
もしも、花乃が那津の知らない誰か他の男と結婚したら。
そんな事を想像した那津は、少し複雑な気持ちになった。
「じゃあさ。」
那津には好きな人がいる。
もういつから好きかなんて分からないくらい昔からずっと好きな人だ。
尊敬もしているし、憧れでもある。
けれど、その恋が叶わないことだって知っている。
そんな那津に、結婚はまだ未知のものだった。結婚したいと思う相手はすでに結婚していて、那津に振り向く素振りも、入り込む隙もないのだ。
きっと一生結婚しない。
そう思っていた。
しかし、那津だけが結婚せず、幼馴染みの花乃が結婚して、この関係に終止符を打つ日が来るのかと思うと、それはそれで複雑だった。だが、少し頬を染めて恥ずかしそうに花乃から「那津、私結婚するの。」と言われる日はいつか必ずくる。
そんな花乃を見て、那津は心の底から「おめでとう」と言える自信がなかった。
ーーそれならいっそ……。
「俺と結婚しちまうか。」
那津は、窓から差し込む爽やかな朝日で目を覚ました。
少しずつ暖かくなって、起きやすくなっていく。
ーー3月だもんな。
ぼんやりとする寝起きの頭でそんなことを考えながら、大きくため息をついた。
「……夢か。」
毎月15日に開いていた飲み会。
びっくりするほど呆気ない人生ではじめてのプロポーズ。
拍子抜けするくらい、ぺろりと口から出た言葉に、花乃も那津も驚いた。
しかしもっと拍子抜けなのは、その時のことを花乃が覚えていなかったことだ。
あれからもう、3ヶ月経つのだ。




