元カノ
「あ。雪降ってきたな。」
「本当だ。」
ちらほらと灰色の空から白い雪が降ってくる。
窓から道行く人が何人か空を見上げている様子が見える。
2月も終わりに近い。
きっとこの雪がこの冬最後の雪になるんだろう。
そう思うと、ちょっと名残惜しくも感じる。
花乃は、大きく深呼吸した。
「那津、相川さんと付き合ってたんだってね。」
那津は目を見開いた。
「……誰に聞いた?」
「相川さん。」
「ふうん……。」
那津は少し俯いて、コーヒーを飲む。
それ以上何も言わず、ただぼんやりとコーヒーカップを眺めていた。
「相川さん、契約結婚のこと、気付いてた。那津、話したの?」
花乃は、相川と話したことを話し始めた。
「まさか。相川さんが気付いたんだろ。それかかまかけたのか。」
そして、那津は顎に手を当てて、考え込んだ。
花乃は少し口をまごつかせ、そして話した。
「その時、元カノだ、て聞いた。」
「……。」
あの後、どうやって相川と別れたのか思い出せない。家に帰ってスマホを確認すると、相川からメッセージが届いていた。
『連絡待ってますね。』
可愛らしいスタンプと一緒に送られていたそのメッセージに、花乃はまだ返事を出せていない。
ぎゅっとスマホを握りしめて、那津の様子を伺う。
すると那津は俯いたまま、何か考え込んでいる様子だった。
「言いたくないなら聞かないよ。ほら、契約書第三条二項にも独占しないってあるしね。」
花乃は慌ててそう付け加えた。
「ごめんね!変なこと話しちゃって。でもさ、もし那津が次の恋をする気になって、相川さんと上手くいきそうだったらちゃんと事前に教えてね。応援するから。」
自分の言葉が胸に刺さる。
だが、何一つ嘘ではない。
これが事実なのだ。
たった紙切れ一枚で繋がった結婚が、本物の愛の障害になってはいけない。
「雪、ひどくなる前に帰ろうか。」
「花乃、」
花乃はコーヒーカップを返却口に持っていくため、席を離れた。
那津が呼び止める声が聞こえる。
しかしそれを、聞こえないふりした。
ーーごめん。
喧嘩はたくさんしたけれど、長い付き合いだからすぐに仲直りできていた。
けれど、花乃は今回は素直に謝れる気がしない。
ーーごめんね、那津。
だから心の中で謝った。
那津が好き。
その気持ちを止めることも隠すこともできない。
妻として、一番近くにいる存在なのに、那津が今までで一番遠い存在に感じる。
結婚しているのに、花乃は気持ちを伝えられない。
ーー私、那津の失恋を慰めることも、新しい恋の応援をすることも出来ないよ。
心の中が、ぐしゃぐしゃと音を立てて乱されていく。
コーヒーカップと一緒に、恋心も返却できたら、契約結婚も辛くなかったのに。
そう感じながら、花乃は泣くのをぐっと堪えていた。




