恋バナ
いつでも満席の人気チェーン店の珈琲店は、幸運にも空いていて、花乃と那津は窓際の席に座った。
2人ともお気に入りのコーヒーを頼んで、葉月の話に花を咲かせる。
ーー那津、ちゃんとお姉ちゃんに言えたのかな。
那津には申し訳ないが、那津と葉月の恋は進展しないことがわかりきっている。花乃は葉月がどんな思いで今の旦那さんと結ばれたのかも、よく知っていた。
成績優秀・才色兼備の伝説のマドンナとして地元で有名な葉月は、それはもうモテた。そんな葉月は当時教育実習として赴任してきた庚涼太に恋をした。それから葉月は涼太にアプローチをかけ、高校卒業とともにお付き合いを始めた。2人が色々な障害を乗り越えて結ばれるまでを、花乃はずっと見てきた。時には葉月を励まし、またある時には葉月の惚気に付き合った。
そんな2人が離婚することが花乃には考えられない。
那津にも前に進んでもらうため、けしかけてみたものの、そうすぐに踏ん切りがつくものでもないのはよくわかる。
その時、相川の言葉が脳裏をよぎった。
温かいコーヒーを両手で包み、ぼんやりとコーヒーカップを見つめながら、問いかけた。
「那津は、さ。どんな子が好みなの。」
「は?」
突然の花乃の質問に、那津はぽかんと口を開けた。怪訝そうな表情で、花乃をじっと見つめてくる。
「何それ。長い付き合いなのに、何今更。」
くだらない、とばかりに那津は一蹴した。
「うん。気になって。」
花乃は少し表情が暗い。那津は思わず花乃の左手に視線を向ける。
そこにはきらりと光る指輪がはめられている。
それに那津はほっと胸をなで下ろした。
「ふーん……。」
那津はじっと花乃を見つめるが、なかなか目が合わない。ずっと暗い雰囲気で俯いている。
葉月が帰って花乃も寂しいのだろうか、とも思ったが、どうも様子がおかしい。
「ま。でも俺もずっと葉月さん好きだったから好みって言われてもピンとこないな。」
「ふわふわした子、とか?」
「あー。女の子っぽいよな。」
でも別に好きなわけじゃない。
花乃の様子を探るため、曖昧に返事をした。
ーーふわふわしてる子よりも、しっかりしているようでどこか抜けている子のほうが、好きかな。見ていて飽きないし。
那津は花乃をじっと見つめながら、問いかけに答えていく。
「じゃあ天然としっかりものだったら?」
「うーん……天然かな。」
「美人と可愛い系なら?」
「可愛い系かな。」
ようやく花乃が顔を上げた。
眉根を下げ、寂しそうに笑っていた。
「ふふ。本当お姉ちゃんがストライクだったんだね。」
那津の答えに花乃はそう結論づけた。
聞かなくてもわかっていたことなのに。
思わず笑ってしまった。
ーー相川さんも、きっと那津のタイプだ。
那津の答えを聞いて、どうしても自分は那津の好みとは結びつかない。むしろ、相川のような、女の子らしい人のほうがしっくりきてしまう。
そう思うと、また胸が締め付けられる。
「そういう花乃はどうなんだよ。」
「私?」
那津の意外な質問に、花乃はきょとんとしてしまった。
那津は真剣な目でじっと花乃を観察してくる。
その瞳に吸い込まれて、取り込まれて、逃げられなくなりそうで、花乃は思わずまた俯いてしまった。
「俺、そう言えば花乃から恋バナとか、聞いたことないけど。」
「そうだっけ?」
ーーそういえば……。
花乃は自分の記憶を辿ってみても、那津に恋愛のことを話した記憶があまりなかった。昔、一回だけ話した記憶はあるのだが、たった一回だけだった。
那津だって葉月一筋で、それを当たり前のように知っていた花乃は、那津に恋愛のことを聞くこともなかったので、必然的に2人で恋愛話をする機会が少なかったのだ。
「彼氏いない歴イコール年齢だろ。」
那津は不敵な笑みを浮かべた。
ーーなんだその自信満々の顔は。
花乃はちょっとむっとした。
そして、首を横に振った。
「ううん。」
「は?」
那津の意外そうな声に、花乃は少ししてやったり、と嬉しくなった。
「彼氏なら、いたよ。」
「へえ……。」
なんだか雰囲気がピリッとした。
そう言えばこの雰囲気には覚えがある。
「那津、私が高校の時彼氏出来た事、報告したことあるじゃん。」
そうそう。
この時も那津は不機嫌になったのだ。
それから那津の機嫌が悪かったので、那津の前では恋愛話をしなくなったのだ。
というほど花乃に恋愛経験があるわけではないのだが。
「忘れた。そんなヤツいたっけ?」
那津はしかめっ面で頬杖を突いて素っ気なく答える。
そんなヤツ、知らないし認めない。
そんな雰囲気が伝わってくる。
ーー那津ってば、私の恋愛に関してはどうも父親っぽいんだよな。
娘に恋人ができて気に食わない、という感じを受けるのだ。だから面倒になって話さなくなったのだ。
だが正直、花乃はその時の恋愛にいい思い出はない。
「いたよ。二股かけられて別れたけど。」
高校生の時、同じ委員になって流れで付き合うことになったが、相手は部活の後輩ともいい雰囲気だったのだ。それを知って、花乃は別れた。
それでも、今となってはいい思い出である。
「最低だな。」
那津は鼻で笑った。
その気持ちには、花乃も激しく同意する。
「ね。でもそれっきりかな。」
「ふうん。」
「だから好みって聞かれてもちょっと困る。強いて言えば浮気しない人、かな。」
腕を組み、改めて自分の好みのタイプを考える。そうして出てきた答えが、これだった。
ーーでも、本当は……。
花乃は那津を見た。
黙っていればイケメンの那津。
そんな那津と目が合って、花乃は思わず視線を逸らしてしまった。ほんのりと赤く染まる頬に、気付かれないよう俯いてしまう。
「お。それ、俺じゃん。俺ってばいい旦那様だな。」
那津は胸を張ってそう答えた。
そんな根拠のない自信満々の様子に、花乃は呆れてしまった。
「那津の場合、それ以前の問題でしょ。好きな人がいるのに、結婚するんだから。」
那津は「それもそうか」と笑い飛ばした。
あの後、那津が葉月とどんな話をしたのか、どんな風に思ったのか、花乃は聞けなかった。
あたたかったコーヒーは、すっかり冷たくなっていた。




