第十七話 義唱剣、無刀の極意
構えを取ったクリスが、一撃で殺すつもりで、ジリジリとギルマスへと歩み寄っていく。
その歩幅は、ギルマスを警戒しているのではなく、圧倒的強者の余裕があるからこそ狭かった。
レッサーパンダ拳の一撃――高い位置に構えた拳を、背筋まで使った全身運動による振り下ろしで叩き込むその威力を、ギルマスは知っている。
竜の牙すら容易く打ち砕く威力を、正攻法で耐える、あるいは受け流す術をギルマスは持っていない。
当然――回避だって出来るはずもなく、事実としてギルマスは詰んでいた。
だが、一つだけ、義唱剣の奥義の中に、対応可能な技がある。
それは、無刀でも扱える、極意とも言うべき技術。
――秘剣『愛』。
それが、レッサーパンダ拳を打ち破る、唯一の術である。
この秘剣の中核を成す極意とは――書いて文字のとおり愛の極意。
殺すつもりで襲い掛かってくる相手のことすら愛し、受け入れることで、闘気と魔力を同調させる。
相手の力と、自身の魔闘術を一体化、同一化し、馴染ませることでダメージを無効化、無害化する。
また、同一の存在である以上、相手の防御するという意思すらもすり抜けて、確実に反撃を――カウンターの一撃を入れることが出来る。
つまり秘剣『愛』とは、究極の後の先の極意なのである。
問題は……ギルマスはこの極意を、そして秘剣『愛』を、未だ習得できていない点にある。
単に知識として知っているだけの極意であり、技であり、隠れ里での修行の日々があっても習得できていなかったのだ。
これを、この土壇場で体得し、成功させねばならない。
無理であり、無茶でもあったが、それでもやらねば、通さねば生き残れない。
ギルマスは覚悟を決め――秘剣『愛』の構え、つまりは無防備に立ち尽くす姿勢を取った。
クリスは、それを見てギルマスが何かを掴もうとしていることに感づく。
故に侮ること無く、ゆっくりと接近して――射程距離に捉えた瞬間、穿つ。
「――ゼァッ!!」
両の拳を同時に、ギルマスに向けて振り下ろすように叩き付ける。
迫りくる殺意の塊、クリスの拳を捉えながら、ギルマスは愛の極意を体得しようと、感覚を研ぎ澄ます。
夢の中で見た――師匠の姿を思い返す。
『儂がこの手でお前を殺してやるさ』
殺す、という言葉に込められた愛情。
いいや、それは確かに、いつかの未来でギルマスを殺すという殺意であった。
殺意すら愛するとは――相反するものを受け入れろ、ということでは無かった。
殺意すら、本質は愛情なのだと、その根源を、湧いて滲み出る源泉を捉えよ、という意味だったのだ。
親が子を守る為、外敵に抗おうと発する殺意。
己の利益の為に、利己的な願いの為に他者を踏み躙ろうとする暴力に伴う殺意。
殺すことが、傷つけることが単に楽しいから、快楽の為に生まれる殺意。
たとえどれだけ醜悪な思いから生まれる殺意であろうと――人の心に愛情という機能が無ければ、決して生まれるはずのないもの。
なるほど――とギルマスは理解する。
その根っこを掴んでやればいいんだな、と。
もう直撃する寸前――クリスの拳が眼前に迫り、最早迎撃も回避も手遅れ、といったタイミングになって、ようやくギルマスは感覚を掴む。
クリスの放つ殺気に意識を向け――根源に、自分自身の意識を纏わせる。
さながら、剣を魔闘術で覆い、保護するかのように、意識で意識を包み込み、これを通じでクリスの暴力と、ギルマスの魔闘術が一つに繋がる。
それと同時に、ドゴォッ、とクリスの拳がギルマスへと直撃する。
だが不思議なことに、ギルマスへのダメージは無かった。
どころか、ギルマスはその殺人的な威力を持つ拳を身体で受けたまま、流れるような動作でクリスの腕を掴み、そのまま投げ飛ばす。
自分の力を利用し、投げ飛ばされたクリスは――二十メートル以上も遠く吹き飛ばされながら、空中で体勢を整え、ふわりと着地する。
――ギルマスが、クリスのレッサーパンダ拳を打ち破った瞬間である。
愛の極意が、秘剣『愛』が勝ったのだ。
「ようやく、芯が通ったようですわね」
クリスは嬉しそうに、自分の攻撃が破られたことを一切気に止めず、ギルマスの変化を語った。
「ああ……感謝するぜ、嬢ちゃん。
オレにもようやく、見えてきた気がするんだ。
正義って何か、言葉にするようなもんじゃあないが……ともかく俯いてくよくよするのはヤメだ。
――行こう、スミスを追うんだ」
こうして、ギルマスは新たな境地へと至り――これからは何の迷いや憂いもなく、旅を続けられるのであろう。
愛は強い……LOVE IS THE STRONGESTってコトォ!?




