第十六話 義唱剣とは?
意識を失ったギルマスは――眠りとも異なる闇の中を揺蕩いながら、昔の夢を見ていた。
それは、義唱剣の隠れ里をギルマスが飛び出す前――まだまだ半人前の、義唱剣を習い始めて間もない頃の思い出。
師匠はまだ幼かったギルマス相手に、決して侮ること無く、真剣に義唱剣というものについて語ってくれた。
「――義唱剣は強い。
現代では失われた、常在戦場の時代に培われた古代武術の結晶であり、魔闘術と今では呼ばれる技術の部分ですら、実のところ質的に異なっている。
現代の戦士を相手に使おうものなら、お前のような半人前であろうとも圧勝出来るだけの格差があるだろう。
この強さは――しかし時に災いにもなる。
敵を有無も言わさず屠るほどの力は、弱者を守る剣であると同時に、弱者を殺す剣にもなりうる」
ギルマスは師匠の語りを、その背中を見つめながら――背負う巨大な、十字架のようにも見える剣と鞘を通して、師匠の存在を感じながら、耳を傾ける。
「故に儂らは制御する、故に儂らは隠れ住むのだ。
正義の剣は、お気に入りの弱者を選別する剣であってはならない。
逆らうという選択を許さない暴力が、人の世に在ってはならぬ。
――本来、どこにも存在してはならぬのだ。
正義を標榜し、自覚ある者であればあるほど、な」
その意味が、当時のギルマスには分からなかった。
今でも……革命期を乗り越えて尚、理解できているとは言い難いが、当時のギルマスは輪をかけて馬鹿だった。
「それでもさぁ、悪いヤツを倒さなきゃいけない時って、あるんじゃないのか?」
と、師匠に向けてギルマスは訪ねた。
師匠はそんなギルマスの質問に、嗜めるように、しかし優しく答える。
「自惚れるな。
斃したいと願ったのは自分だ。
救ってくれと願う弱者がいても、最後に決めるのは自分自身だ。
正義の剣を振るうなら、自分の願いと正義との区別はつけねばならぬ」
師匠の理屈に納得できなかった当時のギルマスは、さらに言い返す。
「それって、何が違うんだよ?」
これに、師匠は自嘲するに笑みを零しつつ、首を横に振った。
「分からん。
結局、自分の胸の内から発露する正義の心と、人の世にあるべき正義の間に、どのような線引があるのか。
そんなことは、ついぞ誰にも分かることは無かろう」
煙に巻くような師匠の言葉に、当時のギルマスは不満を覚えたが、それでも真剣に耳を傾けた。
「だからこそ、恐れよ――己の胸の内から発露する思いを。
それが人の世から預かった正義の欠片なのか、それとも身勝手なお前自身の願いなのか。
その葛藤を失った時……お前は正義ではなく、己の欲望の為に剣を振るう。
自分にとって都合の良い、お眼鏡に適う弱者を選別するだけの、単なる暴力装置に成り下がる」
師匠の言葉に、当時のギルマスは心底嫌そうに顔を顰めた。
「なりたくねぇなぁ……」
ボヤくギルマスを、師匠は振り返り、その頭を撫でながら言う。
「安心しろ、馬鹿弟子。
その時は、儂がこの手でお前を殺してやるさ」
その言葉に、深い愛情が籠もっていたことは――当時でも、今でもギルマスにはよく理解出来た。
――刹那、ギルマスは鋭い殺気を感じ取る。
夢の中を揺蕩いながらも感じ取った危機に、咄嗟に意識を覚醒させ、その場から飛び退くギルマス。
「……どういうつもりかな、嬢ちゃん?」
なんと――殺気の主はクリス。
眠るギルマスを本気で殺そうと、殺気を向けて来ていたのだ。
目覚めたばかりのギルマスに向けて、クリスは無慈悲な言葉を投げ掛ける。
「いつまでもウジウジしている様子でしたので、気付けの一発ですわ。
――このままうだうだと悩んで鈍るぐらいなら、ここでわたくしが殺してさしあげましょう」
奇しくも、クリスは夢の中で思い返した師匠と同じような言葉を発した。
不思議な偶然に、運命とも、因縁とも言うべき感覚を抱きながら、ギルマスは苦笑いを浮かべる。
「ったく、厳しいよなぁ、どいつもこいつも」
言って、ギルマスは臨戦態勢を整え、架空の剣を抜いて正眼に構える。
対するクリスは――レッサーパンダ拳の構えを取ってみせ、これまでに無いぐらいの、本気の殺意を見せてくる。
決死の手合わせが、今、開始する。
まあ夢の中でもウジウジしてるおじさんなんか殺されても仕方ないか(無慈悲)




