第十四話 ギルマスの過去
こうして、旅の始まりからして奥義を打ち破られて始まったのだが、そこから先の方が、ギルマスにとっては遥かに地獄であった。
スミスとカノンが通った道のりを、クリスはおおよそ感覚で理解しており、その後を追う。
だが、正確に道をたどるようなことはせず……二人が山道を通ったとすれば、クリスが選ぶのは道すらない山肌。
そんな歩くにも苦労するような場所をわざわざ選んで進みながら、道中でギルマスをしごいた。
そのシゴキも随分と過酷で、まずギルマスの意識は四六時中沈んだままとなっていた。
クリスとの手合わせにより、ダメージを受けて意識を奪われ、そのままクリスがギルマスを荷物のように引っ掴み、無理やり運びながら道を進む。
そうしてギルマスが意識を取り戻したら、また手合わせ。
ギルマスがクリスに挑み……それを正面から、一撃で叩き伏せられ、また意識を失う。
食事の時間以外は、そんなシゴキが続いていた。
かれこれ一週間ほど経過して、既にギルマスは肉体的にも、精神的にもボロボロになっていた。
度重なる敗北、それも歯牙にもかけないクリスとの圧倒的な格差に、これまで積み上げてきたものが崩れ落ちるような感覚にさえ陥っていた。
今回も――また別の技を、秘剣を正面から打ち破られ、クリスの拳打により吹き飛ばされながら、朦朧とする意識。
ふと、そんな中でギルマスは思う。
自分は何故、こんなことをしているのだろうか、と。
ギルマスの中にある、最も古い記憶は、小さな集落を追い出される瞬間であった。
物心ついたころには両親もおらず、ほぼ奴隷に近い待遇ではあったものの、とある集落の住人全員の手で育てられていた。
境遇に不満を抱いたことは無かったが、不作が続き、口減らしが必要だとなった時、真っ先に集落から追い出されたことには、さすがに少しばかり不満を覚えずにはいられなかった。
そうして当てもなく、野を彷徨っていた所で――師匠と出会った。
「――野良犬ならぬ、野良の小僧か。
今日日、中々見るものでも無くなったが……何があったか、儂に話してみんか?」
そんな事を言って声を掛けてきた師匠に、ギルマスは自分の境遇と、少しばかりの集落への不満を言葉にして話した。
すると、師匠はこんな提案をしてきたのだ。
「その環境で生き抜いてきたとは、正直驚きだな。
……どうだ小僧、儂の所に来んか?
家事手伝いの褒美に、衣食住の提供と、少しばかり剣術を教えてやらんでもないが」
行く宛も無かった当時のギルマスは、躊躇うこと無く頷いた。
そうしてギルマスが連れて行かれたのは、帝国の東の果て、極東の山間部にある秘境。
それが、伝説の剣術である『義唱剣』の継承者だけが住まう、外界から隔絶された隠れ里であった。
ほぼ無意識の内に、魔闘術に近い力を使っており、そのお陰で集落での奴隷同然の境遇でも、健康なまま生き残ることが出来ていたギルマスは――水を吸う綿の如く、義唱剣を習得していった。
同時に、師匠からは義唱剣の理念というものをよく言い聞かされた。
義唱剣とは、正義を唱う剣。
帝国がまだ帝国ですらなく――数多の部族が争い、覇を競い合った時代があった。
各地で滅ぼされた部族の生き残り達が集まり、寄り合い、そして誓ったのだ。
このような悲劇を繰り返してはならぬ、と。
そうして数多の部族の生き残りが、それぞれの知恵と技術、秘伝を結集し、編み出したのが義唱剣である。
故に義唱剣は、弱者を救うための正義の剣であり、それ以外の目的で振るうことを許されない。
だが――当時のギルマスは、まだ青臭い若者であった。
若くして義唱剣の、多くの技を習得しており、奥義を除けばほぼ皆伝と言って良いレベルに到達していたギルマスは、増長していた。
自分は既に、一人前の剣士であると。
師匠を除けば、隠れ里の中でギルマスより強い剣士は誰も居ないと言って良かった。
故に――帝国の、腐敗した貴族により民が苦しめられる現状を、見てみぬふりは出来なかった。
革命が起こっていると知ったギルマスは……里を飛び出した。
「眼の前に、助けられる人がいるのに見捨てて、それの何が正義だよッ!!」
そう啖呵を切って、革命は無論、圧政に苦しむ帝国の民すら見てみぬフリをする里の大人たちを見限り、外の世界へと飛び出したのだ。
こうしてギルマスは、弱者を守る為の正義だと信じて、政変に、革命軍に加わった。
歴史の闇の中に消えた、伝説の剣術である義唱剣を操り、数多の敵を殺すことになった。
当時、帝国では旧皇帝の権力が強すぎた上に、帝国という国そのものが、広く複雑になってしまった為、全土に目が行き届かなくなった。
帝都の近くや、力の強い貴族の中でも皇帝に阿る、いわゆる皇帝派の貴族だけが、皇帝の強い権力の恩恵を受け、成長を続けた。
逆に地方や弱小貴族の治める土地には目が向かず、これらの勢力は苦しい立場に立たされた。
強い権力を持つ貴族は贅を尽くし、やがて圧政を敷き始めた。
力の無い貴族は放置され、領地の運営にも苦しみ、領内が荒れ果てていく。
帝国国内あらゆる場所で、貴族による政治の歪みの影響が出ており、人々は巻き込まれ、苦しむばかりであった。
こうして、帝国内での対立が生まれ、これが解決することなく長く続き、溝が深まったことで革命の火種となった。
当時の帝国の体制側、つまり皇帝派の貴族を打ち破らんと、地方貴族や、圧政に苦しむ民衆、貧しさに耐えかねた民衆が爆発し、革命軍を結成した。
ギルマスも当時、この革命軍へと参加し――革命を成功させる一助となった。
だが……ギルマスが望んだような、弱者が苦しむ必要の無い世界は来なかった。
ほーん、ギルマスにも悲しい過去があったんやね。




