第七話 はじめての死闘
クリスティーナの考えは一つ、グリフォンの身体から引き剥がした素材――風切羽根を武器にして、グリフォンを倒すこと。
逃げられない状況である以上、グリフォンを殺すには、致命的な損傷を与えねばならない。
しかしクリスティーナ自身にはその力が無く、武器となる物も持っていない。
そこで狙ったのがこの風切羽根。
倒すべきグリフォン自身の身体を守る、軽くて頑丈な風切羽根であれば、グリフォンの身体を傷つけることも可能かもしれない。
そして――クリスティーナでも、風切羽根のような短い武器であっても、グリフォンを殺せるとしたら?
それは眼球から直接脳髄に風切羽根を突き立てる他に無い。
これが、この戦況下でクリスティーナが下した判断であった。
……しかし。
(引っこ抜くだけで、血を失いすぎましたわね……)
と、クリスティーナは自身が握る風切羽根にチラリと目を向けた。
自身の流した血によって真っ赤に汚れており、出血量から言って、そう長くは戦えないことが伺える。
例えば高所からロープを使って下へと降りるような状況で、勢い良く滑り降りるには素手では心許ない。
強い摩擦が、掌の皮や肉を削ぎ落としてしまう為だ。
同様の事が、グリフォンの風切羽根を掴んだクリスティーナの掌でも起こった。
しっかりと、全力で握り込んだからこそ――風切羽根の鋭い繊維が掌に食い込み、深く引き裂いた。
まるでナイフの刃を握り込んでから引き抜いたみたいに、クリスティーナの傷は骨まで達していた。
放置していれば、やがて失血で死に至りかねない深さの傷である。
しかし、この傷に怯んでもいられない。
こうでもしなければ――この風切羽根を、ズタズタの掌でしっかり握らなければ、グリフォンとの戦いには勝てない。
両手の傷から、ボタボタと血が流れ落ち、袖にも染みて赤く染める。
それでもクリスティーナは、握る力を緩めない。
(ここで死ぬとしても……お前は絶対にブチ殺す)
クリスティーナの鋭い眼光が、グリフォンを射抜く。
「グルルルゥ……」
そんなクリスティーナの殺気に反応してか、グリフォンは警戒しつつ後退する。
(――いや、わたくし程度の殺気にこれほどの怪物が警戒するなんて、なにかおかしいッ!!)
察した瞬間、クリスティーナはその場を飛び退く。
これと同時だった――なんと、クリスティーナの立っていた場所から、緑色に光る風の竜巻が立ち上る。
「そんな、まさか魔術をッ!?」
ゴォッ、と吹き上がったその竜巻は、風の魔術。
――この世界に存在する不思議パワーの一つ、それが魔術。
生物が肉体に持つ魔力というエネルギー、これを元手に超常現象を起こす術である。
グリフォンが使ったのは、そんな魔術の中でも風を操り、刃を成して敵を切り裂く魔術であった。
(巻き込まれたら……骨までズタズタに引き裂かれていたに違いありませんわね)
クリスティーナの額から、冷や汗がタラリ、と流れる。
(それにしても、魔術を使うなんてこのグリフォン、かなりの力を持っていますのね)
魔物であっても、全てが魔術を使うわけではなく、多くはその肉体的な能力で敵を蹂躙することを主な戦法としている。
しかし稀に、長く生きた個体や特別優れた個体は経験から魔力を自在に扱い、魔術を発動するようになるのだ。
そしてこれは、クリスティーナの戦況が悪化したことも意味する。
(魔術の攻撃なら近づく必要も無い……ヤツは安全圏から、わたくしを殺すつもりですのね)
そう、グリフォンはクリスティーナに反撃のチャンスすら与えずに、遠間から魔術だけで制圧しようというのだ。
「グルルラァアアッ!!」
次の瞬間、グリフォンが吠え、同時にクリスティーナは『嫌な予感』に見舞われる。
咄嗟にその場を飛び退き、そして直後に風の魔術で竜巻が起こるのを目撃する。
しかしこれで終わりではなく、次々とクリスティーナを狙って魔術が発動。
「くッ!」
足元に起こる『嫌な予感』を頼りに、連続で飛び退くクリスティーナ。
そして予感通り、足元から魔術が発動する。
次も足元からか、と思った所で、今度は『嫌な予感』が飛び退こうとした方向から伝わってくる。
(まずいッ!)
既に飛び退こうとしていた足を無理に止めて、転がりながら別方向へ逃げる。
すると、正に最初飛び退こうとした方向で竜巻が巻き起こる。
「グルゥ……」
グリフォンは狙いを外されたことを不快に思っているのか、唸り声を上げながらクリスティーナを睨む。
(理由は分かりませんが、わたくしは魔術の発動を『勘』で察知出来る……とはいえ、こんな状況では攻撃に転ずることもできませんし、長引けばいつかは回避に失敗してしまう)
対するクリスティーナも、そう考えながらグリフォンを睨み付ける。
そしてグリフォンは、クリスティーナの様子を見て戦略を変えた。
「グォオアアッ!!」
その雄叫びを上げた瞬間、クリスの背筋にゾワリ、とこれまで以上の寒気が走る。
(何か――ヤバいのが来ますわッ!!)
直感を信じ、クリスは後方に飛び退く。
すると直後……ドォンッ! と、クリスの立っていた足元に何かが直撃。
土煙を上げ、石畳が破壊される。
「見えない風の弾丸ッ!!」
その攻撃の正体を、クリスティーナは瞬時に見抜いた――正に言葉の通り、風の魔術により空気を圧縮し、超速で放たれた弾丸である。
放たれるのは魔術ではなく、ありふれた空気そのものである為、魔力を伴わないので魔術として視認出来ない。
しかし不可視の弾丸も、魔術そのものには及ばないものの、クリスティーナの『勘』が辛うじて捉えていた。
(けど……ますます近づけませんわねッ!!)
そう考えながら、クリスティーナは次々とその場を飛び退き、移動する。
そしてグリフォンの放つ風の弾丸は、雨霰と降り注ぎ、クリスティーナを狙う。
「グオォオオッ!!」
一向に当たらない、攻撃が通用しないクリスティーナに対して、グリフォンは苛立ちの咆哮を上げる。
そして――その時であった。
「ハァアアアッ!!」
「やらせるかよォッ!!」
声を上げて、グリフォンを背後から襲う、二人の人影。
そう、意識を失っていたはずの、騎士と冒険者であった。
二人はクリスティーナが稼いだ時間の間に意識を回復し、グリフォンが隙を晒すタイミングを待っていた。
まさにこの瞬間、クリスティーナにこの上なく意識が向き、我を忘れようとしていたグリフォンに、背後から襲い掛かったのである。
「ギャォオオオオッ!?」
二人の剣が、グリフォンの翼の根本を深く切り裂いた。
シャァアッ、と吹き出る鮮血越しに、クリスティーナは二人と目を合わせる。
視線に気付いた二人は、負傷に呻き暴れるグリフォンから飛び退き、クリスティーナの側に寄る。
「っ、お二人とも、無事でしたか!」
「無論です、お嬢様が戦っていらっしゃるのに、倒れているわけにはいきませんから!」
「へへ、ブーケンシャーのお嬢様に心配されるたぁ、悪くねぇ気分だ」
こうして、三人は合流し、改めてグリフォンと向かい合う。
「グゥォォオオ……」
翼を裂かれたグリフォンは、憎々しげに三人を睨んでいた。
騎士と冒険者! 生きていたのか!




