第一話 薬物依存
ある日の早朝、自身の泊まる宿の正面で、カノンは自己鍛錬をしていた。
クリスから教わった基礎鍛錬……幼少期に行なっていた、と言われた歩法の訓練である。
クリスは宝石で、自室でやっていたと言ったのだが、カノンはさすがに宝石を使うわけにも行かず、鍛冶屋で貰った適当な鉄屑を足元にばら撒き、この上をバランスを保ちながら歩く。
また、単に歩くだけでなく、重心を落としつつ、かつ足を踏み出す過程で左右に揺れてしまうのを抑えながら、慎重に歩法を確かめながらの訓練である為、その一歩は極めて遅い。
緊張感を保ちながら、バランスが悪く、踏めば痛い足場の上を、重心を動かさずに歩くのは、少なくとも今のカノンには難しいことであった。
時折身体が僅かに揺れて姿勢を崩しながらも、真剣な表情で訓練を続けるカノン。
(ガキの頃からこんな特訓をしてたらしいけどよ……一体どんなガキだったんだよ、クリスのやつは)
成人しているカノンですら苦労する訓練を、子供の頃からこなしていたというクリスに対して、呆れるような、感心するような、半々の思いを抱く。
(病弱だったなんて、絶対ウソだろ……絶対、使用人なんかをイビってた口だぜ、アイツは)
とまあ、想像だけで当たらずとも遠からず、といったクリスの幼少期に文句を付けるカノンであった。
ただ、確かに効果があり、強くなっている実感もあるので、こうして言われた通りの、傍から見ると何の意味があるか分からないような鍛錬でも真面目にこなす。
と――そこへ不意に、声を掛ける者が現れる。
「おうおうおう、何してんだァチビスケぇ?」
何やら辺境都市で見覚えの無い顔の、冒険者らしい男が絡んでくる。
カノンは視線を一瞬だけ向けると、すぐに意識を鍛錬に戻す。
「悪いな、修行中なんだ。
バカの相手はまた今度にさせてくれや」
息をするようについ煽りを入れながら言い返すカノン。
当然、これに苛立ちを見せる冒険者らしき男。
「何だァ、辺境の冒険者ってのは、こんなガキみてえな女でもやっていけるぐらいレベルが低いのかァ?
舐め腐ってると、殺しちまうぜ、オイィ?」
男の言い草に呆れながら、しかしカノンは訓練を一時止め、向き直る。
「口ぶりからして、余所者かテメェ。
減らず口で冒険者がやれる田舎があるなんて知らなかったぜ」
言って、カノンは構え、臨戦態勢を取った。
「ふざけろ、チビクソがァ!!」
男が怒りの声を上げ、カノンに襲い掛かろうとするが――途端にカノンは素早く踏み込み、顔面に正拳をボガンッ、と叩き込む。
男は衝撃でそのまま吹き飛び、倒れる。
「フン、雑魚はお似合いのベッドで寝てな」
言うと、カノンは鍛錬に戻ろうとするが……ここで、男の様子がおかしいことに気付く。
明らかに大きなダメージを、鼻から出血するほどの打撃を食らったにも関わらず、何事も無いかのように起き上がったのだ。
「――イヒヒヒ、やっぱし辺境なんざ大したことねぇな!
オメェら引き篭もり共じゃあ、『コイツ』を使うどころか、見たことすらねぇだろォ?」
言って、男は懐から何やら取り出して――それを掲げて、カノンに見せつけるように振ってみせる。
それは小さな瓶に入った、何かの液体であった。
「冒険者の身体を強くして、魔力も高める最高のクスリだァ、テメエのパンチなんざ痛くもネェし、コイツさえあれば相手にもなんねえさァ!!」
言って男は瓶の蓋を取って――中身をゴギュッ、と一気に飲み干した。
これにカノンは呆れたようなため息を吐く。
「何だ、ただの薬中かよ」
「クスリ無しの田舎モンが、どんだけ戦えるかなァ!?」
男は意気揚々と――薬物摂取により高まった身体能力で、先程よりも素早くカノンへと襲い掛かるが、しかしカノンはこれでもまだ容易く撃退する。
迫る男の膝関節に前蹴りを当て、へし折る。
途端に立っていられなくなった男はその場に崩れ落ちるが、これを見逃すことなく、カノンは拳で迎え撃つ。
倒れながら顔面を殴られ――先程以上の一撃で、完全に顎を砕かれた男は、吹き飛びながらも現実を受け止められず、呆気に取られる。
「――はへ?」
ドシャッ、と落下する男に、カノンはさらに追撃として、手足の関節をそれぞれ、ストンピングで踏み砕く。
グシャッ、グシャッ、と音を立てて壊れる自分の手足の感覚すら、男は理解できていない様子で、薬物の効果は確かに、悪い意味で高い様子だった。
「――ちなみに、辺境でそういう薬物は違法だ。
地獄と違って、ブタ箱には寝床もあるらしいぜ、感謝しな」
その言葉を最後に――カノンは男の頭にサッカーボールキックを叩き込んで、意識を奪うのであった。
今日から三章が始まります。
さらに盛り上がっていくので、なんとここからは一日六話投稿で突っ走っていきます。
朝昼一回、夜四回の一日六回投稿になるので、よろしくお願いします!




