第四十六話 クリス到着
「――クリスさん、実はギルマスが悪い人達に人質を取られて襲われている上に苦戦しているんで、助けてあげてくれませんか?」
フロリーナは、ギルドに訪れたクリスを見るや否や、そんなお願いを口にした。
「……わたくしが助けに入らなければいけないような相手ですの?」
「いえ、一応、本来のギルマスであれば対処可能な範囲だとは思うんですけど、あの人メンヘラですから」
「人質作戦が効きすぎる、というわけですか……全く」
フロリーナの言葉を受け、呆れたようなため息を吐くクリス。
そんな二人の様子を見て……不満げな声を漏らすカノン。
「んなこたぁどうでも良いだろ。
ギルマスが何か悪いわけでもねェんだ、助けに行ってやろうぜ?」
カノンの言葉を受け、クリスとフロリーナはまずカノンを見て、その後互いを見合い――クリスが頷いて、決断する。
「いいでしょう、今回は手助けしてあげますわ」
「おっし、アタシも手伝ってやるから、さっさと助けに行こうぜ!」
カノンの提案に、しかしクリスは首を横に振る。
「いえ、今回はわたくしだけで行きますわ」
「はぁ!?」
「ギルマスが苦戦するような何かがあるのですから、今のカノンさんでは力不足です、怪我人を増やしたくはありませんわ」
クリスの言葉に、しかしカノンはしぶしぶ従う。
「んじゃあ、アンタに任せるから……ギルマスのこと、よろしく頼むぜ?」
「ええ、もちろん」
クリスとカノンは言って、ハイタッチを交わし――こうして、クリスはギルマスへの助太刀に向かうのであった。
「――もう一度、捕縛せよッ!!」
足を負傷したギルマスを見て、黒尽くめが再度ネットランチャーによる攻撃を号令した時であった。
――ドゴォンッ、と轟音を立てて、廃工場の壁が粉砕された。
大きくくり抜かれ、外と繋がったその穴から姿を現したのは――クリス。
「――ごきげんよう、皆さん」
余裕綽々、といった表情で、廃工場内に侵入してくる。
クリスの乱入に、ギルマスは呆気に取られるが、すぐに気を取り直して口を開く。
「おい嬢ちゃん、どうして来た!?」
この問いに、クリスは笑みを浮かべて答える。
「フロリーナさんと、カノンさんに言われましたの。
状況はよく分かりませんけれど――いつもギルマスにはお世話になっていますし、助太刀いたしますわ」
言って、クリスは人質の方へと歩み寄っていく。
何の躊躇いも無い歩みに、むしろ黒尽くめ達は焦る。
「おい、止まれッ!
止まれって言ってるだろうがッ!?」
人質の近くに居た黒尽くめの一人が、アサルトライフルの銃口を、人質のこめかみに突きつける。
だが……それでもクリスの歩みは泊まらない。
近寄りながら――足元の地雷を踏み抜いて、爆発をモロに受けながら、傷一つ受けないままゆったりと進む。
異様な光景に錯乱し、黒尽くめは人質に銃口を突きつけたまま、引き金に指を掛けた。
――この時の状況について、銃口を突きつけられた、人質だった人物は雄弁に語った。
「今にも殺されるか、という状況でした。
すこし指の力を込めるだけで、引き金は引かれて、私の頭は恐ろしい銃弾で吹き飛ばされるはずでした。
恐怖?
ありませんでしたよ。
不思議なことに、あの時の私は奇妙な安心感に包まれていました。
たとえ引き金を引かれたって――弾丸が銃身を走るよりも早く、きっとクリスさんが助けてくれる。
そういう感覚が、理屈じゃなくて、漠然とありました。
こんな状況でも――自分が死ぬわけ無いんだって。
余裕そうなクリスさんの表情を見ると、尚更、信頼することができました」
引き金に指を掛けた黒尽くめは――恐怖に震えていた。
カタカタ、とアサルトライフルを握る手が震えるせいで、音が鳴る。
後少し力を入れるだけで、弾丸は人質の頭を貫くはずなのに、その為の力が、緊張して出てこない。
この時――クリスは強烈な殺気を、黒尽くめへと叩きつけていた。
それは単に殺すという意思表示を越えて――最早洗脳に近いと言って良く、黒尽くめの脳裏には、ありありと自分の死に様が、無様で苦しい殺され方が想像出来ていた。
その意識を食らうような怖気は、現実を越えたリアリティでもって、彼に死の恐怖を、根源的に生命が抱えるはずの、消滅への忌避感を呼び覚ます。
そして――彼の脳みそは、不具合を起こす。
こんな恐ろしくて、苦しい思いをするぐらいなら――死んだ方がマシだと。
「……い、イヤダァァァッァアアアッ!!」
叫び声を、悲鳴を上げながら――黒尽くめはアサルトライフルの銃口を人質から離し、自分の喉笛に突きたてて。
――引き金を、引いた。
ズドンッ、と鈍い銃声の後、銃弾は黒尽くめ自身の喉を貫き、脳髄をグチャグチャに破壊して――頭蓋を貫通した後、廃工場の天上へと突き刺さって止まる。
彼は、自死した。
恐怖に歪んだ顔は、銃弾の貫通した衝撃で、よけいに無惨で、悲惨な有り様であった。
「――や、やれぇッ!!
その女を止めろォッ!!」
黒尽くめは、その意味不明な光景に恐怖し――感情のままに、号令を発した。
これから、蹂躙劇が始まる。
殺気のちからってすげー!




