第四十一話 魔力欠落
――魔力欠落。
この世界の生物はみな、魔力を扱う。
生きているだけで内側から魔力という力を生み出し、これを息をするように自然と扱い、生命活動に利用する。
だが――何故かそれが出来ない、魔力を生み出すことも、魔力を扱うことも出来ない、周辺の魔力による影響すら打ち消す、魔力に嫌われたかのような生き物が稀に生まれる。
これが、魔力欠落と呼ばれる、この世界では欠陥として扱われる性質である。
ただ歩く、息をする、それだけの活動であっても、この世界の生物は魔力の補助に頼って行う。
よって魔力を使えないということは、生きる上で扱えるエネルギー、発揮できるエネルギーが大きく目減りすることを意味する。
当然、そのような欠落を持って生まれてしまえば、肉体はやせ細り貧弱となるし、些細なことで病に倒れる。
即座に命を落とすほどの欠陥ではないものの、これが野生動物なら、ほぼ間違いなく成体となる前に命を落とすであろう程度には、致命的な障害なのだ。
そして精霊とは、魔力を好む存在である。
ほんのちょびっと魔力を渡すだけで、人間の代わりに不思議なこと――精霊術を起こして見せる程度には、魔力の価値を重く見ている。
よって逆説的に、一切の魔力を持たず、扱えず、どころか周囲の魔力の影響すら拒むように打ち消してしまう性質を持つ、魔力欠落を持って生まれた人間は、精霊にとって忌むべき存在ですらある。
故に、例えば道具を使ってどれだけ補助しようとも、魔力欠落者は魔術、精霊術のどちらも扱うことが出来ない。
ギルマスは――既に、クリスが何処の何者であるのか調べ終えていた。
本名はクリスティーナ・ブーケンシャー、王国の侯爵令嬢。
生まれつき身体が弱く――精霊術も、魔術もロクに使えなかったにも関わらず、障害を乗り越え、軍部にて高い名声を得ていた少女。
政争に破れ、魔の樹海への追放刑となり……そして恐らく、魔の樹海を乗り越え、帝国の辺境都市ファウンダリアへと到達した。
これが、ギルマスの持つ、クリスに関する情報であった。
現在の姿からはとても想像は付かないが――しかし、情報を整理すると、クリスは間違いなく魔力欠落者である。
ならば、高位の精霊であるフロリーナが、わざわざクリスへと接触する為に、このような手間を掛けて受肉までしているのは、おかしな状況であると言えた。
このようなギルマスの考えを――いや、思い違いを、フロリーナは咎めるような視線を向けつつ、否定する。
「そもそも、あの子は違いますよ。
魔力が欠落して生まれてきたから『闘気』しか扱えないのではありません。
むしろ逆なのです」
――『闘気』、それは魔力とは異なる、この世界に存在する不思議パワーの一つ。
魔力が世界中の何処にでも存在する、普遍的なエネルギーであるとしたら、闘気とは生命力そのもの、生物の肉体の内側からしか発生しえないエネルギー。
これがあるからこそ、魔力欠落者であっても即座に死にはしない。
これがあるからこそ――魔力を使わず肉体を鍛えることで、基礎的な肉体の出力を、つまり魔力による身体強化以外の形で、生物としての強度を高めることが出来る。
様々な力に対し、鋭い感知能力を持つギルマスから見ても、クリスは一切の魔力を纏っていなかった。
あの実力の全ては――『闘気』によるものだと、ギルマスの目には映っていた。
こうした理由もあって、クリスは魔力欠落者であるという判断を下したのだが、フロリーナはこれを否定した。
「あの子は……あまりにも精霊に愛され過ぎているのです。
生み出す魔力は、本人の意思に関係無く、片っ端から精霊に奪われる。
喧嘩が起きないよう、魔力はみんなで分け合い、贔屓の精霊が出ないよう、平等に誰も力を貸さない。
だからあの子は魔力を持たず、精霊の加護――つまりあの子を特別贔屓する精霊も無く、魔術も、精霊術も使えない」
フロリーナの説明に、ギルマスは驚き、目を見開く。
「そんな……現実にあり得るのか?」
これに頷き、フロリーナは答える。
「普通ならあり得ませんが、あの子は本当に特別なんです。
もしもあの子が心から、強く、身も心も砕けようともなお強く願うことがあれば――世界中の全ての精霊が、際限無く力を貸してくれるでしょう。
運命の天秤次第で、あの子は魔王にでも、神にでもなれる。
けれど……そうはならなかった。
いえ、選ばなかったのです。
恐らくあの子は、既に自分がどのような存在なのかを理解しています。
その上で……魔力ではなく、闘気を使って戦うことを選んだのです。
その選択の意味を――あの子が選んだ道の行く末を知りたいから、私はこうして受肉までして観察をすることに決めたんですよ」
フロリーナの説明は筋が通っていたし、嘘を吐いているような雰囲気もなかった。
故にギルマスも、発言の内容そのものは信じることに決める。
「分かった、だがまだ全てを話したわけではないな?」
「もちろん、誰にだって人に話したくないことぐらいありますでしょう?」
茶化すように言うと、これをギルマスは睨んで咎め、フロリーナは諦めたようにため息を吐いて続ける。
「……少なくとも、私はクリスさんに余計な干渉はしませんし、むしろそういう輩を排除する方向で動きます。
つまりクリスさんの味方ですから、クリスさん本人が何か悪いことを企んだりしない限り、人類に敵対するようなこともありませんよ」
この言葉に、ギルマスは少し考えてから頷く。
「分かった、今は信用して、見逃しておく。
だがな――ッ!!」
次の瞬間、ギルマスは腰から剣を抜くような動作で、無手のまま宙に腕を振るう。
すると、力の奔流が刃となって飛来し――部屋に拘束されていた暗殺者達の首を、一度に刎ねた。
「こういう残忍なやり方は、人間のやり方じゃない。
今後は控えてくれ」
と、フロリーナに向けて忠告するギルマス。
これを受けて、フロリーナは目をぱちくりさせ、驚いた様子で告げる。
「そうだったんですか?
人間って、難しいんですね……ご忠告、感謝します!」
本当に知らなかった、といった様子で感謝を笑顔で述べるフロリーナに、ギルマスは疲れたようなため息を吐き、この場を後にするのであった。
な~んか怪しいなあ
このギルマス。剣も無いのに首を切り落とすなんて、どうやってるんだ?




