第五話 大切な人々。
貰ったもののうち、食べられるものは食べられるだけ食べて、量を減らしたクリスティーナ。
ようやく歩けるようになったので、騎士を連れてさらに街の散策を続ける。
「領民の皆さん、とても楽しそうに手を振ってくれますわね」
クリスティーナが感慨深そうに言うと、騎士は頷いて答える。
「ブーケンシャー領が豊かで平和なのは、ブーケンシャー侯爵家の皆様が長年尽力し続けて下さったお陰ですから。
なので領民の多くがこの平和を愛し、平和の為に尽力なさるブーケンシャー家の皆さまを愛しているのですよ」
その言葉を聞いて、クリスティーナの胸にチクリ、と痛みが走る。
そんなに尊敬されるほど、立派ではなかった頃のこと。
前世というものを思い出す前、クリスティーナ・ブーケンシャーという少女は傍若無人なクソガキそのものであった。
病弱である、という都合を盾にして、使用人やメイドに当たり散らしたことがあった。
『――お前たちなんか、わたくしが言えばすぐにクビにできますのよ!』
別に文句なんて何一つないのに、お茶が不味いとメイドを叱った。
『こんなまずいお茶をいれるなんて、きっとあたまの中がくさっているんですわね!』
クリスティーナの健康のために、よく考えて作られた、美味しくて栄養のある料理を、食べたくないと言って床に投げ捨てる。
『いやあっ、今日はもう、何も食べたくありませんわっ!!』
気分が乗らなかったから、物にはなんの落ち度も無いのに、ドレスをダサいと言って破いたり、家具を気晴らしの為だけに投げ捨てて壊したりした。
『ゴミを着るしゅみはありませんわ、さっさと捨ててしまいなさいっ!!』
そういう全ての気に入らない物、人に向けて、侮辱的な言葉さえ吐き捨てた。
クリスティーナが暴れたことで、ケガをした人間は何人もいた。
クリスティーナのせいで無駄になった食べ物、道具、飽きて捨てられた宝石は数え切れない。
でも――そんな無碍にしてきた人々が。
クリスティーナの為に、作物を育てた人が、流通させた人が、調理し、食卓に並べてくれた人達が。
税を納め、実直にブーケンシャー侯爵家を支えてくれる領民が。
それでも尚、クリスティーナを愛してくれているという。
父や母、屋敷の使用人たち、メイドに騎士だけでは無い。
沢山の領民たちが、あんなに酷いヤツだった自分を愛してくれている。
あんなに弱かった、病気でいつ死んでもおかしくなかった自分の命を支え続けてくれた。
自分がどんな酷いヤツだったか、知らないだけなのかもしれない。
いいや、知らないのなら尚更、どうしてそんな自分を支えてくれたのか。
とても言葉にはしようの無い、深く豊かな愛情を感じて、クリスティーナは感じ入っていた。
自分もまた――これほど素敵な領民達を、そんな領民が住まい育む街を、領地を愛おしく思った。
「わたくし――まちのみなさんが、ブーケンシャー侯爵領が、だいすきになりました」
ふと呟いた、クリスティーナの言葉に、騎士も笑みを零す。
「ありがとうございます、お嬢様。
お嬢様の御心、我々領民一同、この上なく誇りに思います」
そしてクリスティーナに、深く礼をするのであった。
そうして街を見回っていると、一つの大きな施設が目に入る。
「あれは何の建物ですの?」
「冒険者ギルドですね、街の外に出て、魔物を倒したり、貴重な素材を集めたりすることを生業とする者たちが集う場所ですよ」
「まあっ、ぼうけんしゃギルド!!」
魔物――前世の記憶でいう、ゲームの世界に出てくるモンスターのような存在と、冒険者。
なんだか素敵な感じの場所を紹介されて、クリスティーナの目が輝く。
そんなクリスティーナを見て、騎士は提案する。
「お嬢様、気になるのでしたら立ち寄ってみましょうか?」
「えっ、いいんですの!?」
「はい、我が領地の冒険者はみな、質の良い者ばかりですから、お嬢様に無礼を働くような心配もありませんので」
「では、ぜひあんないしてくださいな!」
「ええ、お任せ下さい」
そうして、クリスティーナと騎士が冒険者ギルドに向かって歩き始めるのと同時であった。
――カン、カン、カン、カンッ!!
危険を知らせる警鐘の音が、街に鳴り響く。
「な、なにが起こったんですの!?」
「四回連続、ということは襲撃を知らせる鐘です……しかし、どうして?」
騎士が疑問に思っていると、ちょうど冒険者ギルドに向かって、一人の冒険者が駆け込んでこようとしていた。
「大変だッ!
よそ者の冒険者が平原ではぐれグリフォンに手ェ出しやがったッ!!
キレたグリフォンが街に向かって飛んでくるぞッ!」
大声を張り上げ、冒険者が放った言葉に、人々が一斉に反応する。
「そりゃあ大変だ!」
「家に逃げろッ、窓を閉めろォ!!」
「お嬢様も早くお逃げ下さい!」
みるみる内に、大通りから人の姿が無くなる。
「お嬢様――お嬢様ッ!
我々も避難しましょう、お嬢様!」
突然のことで、つい気が動転していたクリスティーナに騎士が呼びかける。
これで気を取り直したクリスティーナは頷く。
「ええ、早く逃げましょう!」
そして騎士の手を取り、駆け出す。
「冒険者ギルドなら、匿ってもらえるはずです!」
騎士は言いながら、もう十数秒ほど走れば間に合う距離にある冒険者ギルドへ向かう。
しかし、間に合わない。
一瞬、影が落ちてきた。
かと思えば、咄嗟に騎士がクリスティーナの身体を抱きかかえ、その場を飛び退く。
「失礼ッ!!」
そして直後――ドゴォンッ、と轟音が鳴り響く。
先程までクリスティーナが立っていた場所を狙って……体長三メートルを超える巨大な猛獣が降り立った。
土煙の中から姿を現したのは、鷲の上半身に獅子の下半身を持つ化物。
その名も、グリフォンである。
グリフォン!? あのグリフォンだと!?




