第三十九話 極悪、フロリーナ!
食事会の日から、時は進んで数週間後。
何の変哲も無いギルドの受付嬢フロリーナ……を自認する彼女は今、不審な人物に狙われていた。
きっかけは、逆さ紋章の組織について調べ始めたことだった。
初手で裏の人間を攫い、殺してしまったこともあり……件の組織だけでなく、裏のあらゆる人間から警戒され、敵意を買ってしまった。
さらには逆さ紋章の組織がフロリーナの探りを警戒し、妨害策を講じたことも影響し、今や辺境都市の裏組織全体がフロリーナと敵対していると言っていい状況だった。
今日もまた――帰宅するフロリーナを、闇に生きる暗殺者が狙い、仕掛ける瞬間であった。
普段通りであれば、これを精霊術で対応するフロリーナであるのだが、今回は珍しく横槍が入った。
「――よう、フロリーナ」
姿を現し、物陰から投じられたナイフを掴んで止めて見せたのは、なんとカノンであった。
「あら、カノンさん?」
「あら、じゃねーよ。
どうしてこんな厄介なことになってんのか知らねーけど……まあ、知らねェ仲でもねェし、助太刀させてもらうぜ」
言うとカノンは――手に取ったナイフを、飛んできた物陰とは別方向に投げる。
すると、なんとそこにも別の暗殺者がおり、ナイフは的確に腕を貫き刺さる。
「グゥッ!?」
「――出てきな三下共、擽ってやるよ」
挑発するようにカノンが言うと、複数の物陰から暗殺者がゾロゾロと姿を表す。
合わせて三人、先程カノンがナイフを投げて突き刺した暗殺者は撤退してしまった為、なんと四人もの暗殺者がフロリーナを狙っていたことになる。
戦いになる、そう思ってカノンが身構えたところ。
「……分が悪い、今回は引かせてもらう」
だが予想に反して、暗殺者達に戦う気は無く、カノンとフロリーナに背を向け、その場を素早く離脱する。
「……ケッ、判断が早いし統率も取れてる、結構な『老舗』だろうぜ、あの感じは」
悪態を吐いてから、カノンはフロリーナの方を見る。
だが、フロリーナは暗殺者に狙われていたというのに、ケロリとしており、呑気にニコニコと笑みを浮かべていた。
「てめェってヤツはよぉ……なんでこうも、危機感が無いのかね?」
「それって、もしかして褒めてますか?」
「ああ、そうだよっ、褒めてるよクソッ!!」
面倒になって、頭を掻きながら投げやりに答えるカノン。
「じゃあ、気を付けて帰れよ。
あの感じなら、策が立つまで手出しはして来ねぇだろうけど、早めに護衛なり、何なり準備すんのをオススメするぜ」
「はい、ご忠告ありがとうございます!」
まるで堪えていない様子の、呑気なフロリーナの返答に毒気を抜かれ、呆れながらもその場を立ち去るカノン。
だが、フロリーナに背を向けたところで、ふと思う。
(危機感がまるで見えねえ……ってのも、間抜けなんじゃなくて、まさか本当に、危機感なんて無かったんじゃねェか?
あんな奴ら、警戒するにも値しねェ雑魚だったから、自然体で――要するにクリスのヤツみてェな、強すぎるからこそ出る余裕ってヤツだったんじゃ?)
思って、ふとカノンは後ろを振り返る。
そこには――何でもない小石に躓き、おっとっと、とバランスを崩すフロリーナのどんくさい姿があった。
(――いや、んなわけねェよな、こりゃあ)
バカなことを考えた、と頭を振り、その場を後にするカノンであった。
そうして紆余曲折あったものの、フロリーナは無事、自宅に帰還した。
そこには――無数の、趣味の悪いオブジェが立ち並んでいた。
クリスの命を狙った暗殺者達が、様々な家具に縛り付けられ、自由を奪われていた。
それも、単に縛られているだけなら脱出の出来る実力者も混じっているのだが、フロリーナの場合は――彼らの手足を、風の刃でもいだ状態で縛り付けていた。
手足が無くては熟練の暗殺者とて、脱出は敵わず、どれだけ声を張り上げ、救助を求めても、不思議なことに家の外へ届くことは無く……今や、絶望と諦観が彼らを支配していた。
「――おや、元気が無いみたいですね?」
帰宅したフロリーナは、自宅に監禁されている彼らを見て、まるで鉢植えの花を心配するような軽い口調で呟く。
「死んじゃダメですよ~、鮮度が悪くなりますから!
私もちゃんと学んでるんですっ!」
言って――フロリーナは精霊術を発動する。
不思議な光が暗殺者達を包み――彼らの肉体から失われていた生気、栄養、そういった生命維持に必要な全ての力が、回復していく。
つまり、これは治癒の精霊術である。
「……頼む! もうお前のことを狙わない!
組織がお前を狙わないよう、説得するッ!
だから頼む、もう許してくれぇ……っ!!」
比較的『新しい』暗殺者が、懇願の声を上げる。
すると、不思議なものを見るような目で、フロリーナは彼を見た。
「貴方達って、どうして同じようなことを言うんですか?
許しを請うなら、私じゃなくて貴方が今までに殺してきた、可哀想な誰かじゃないんですか?
きっと生まれ変わってこの世のどこかに居ますから、ちゃんと探し出して謝罪すればいいじゃないですか。
それに……もし許されたからって、私が貴方達を解放する理由は無いですよ?
悪ーい暗殺者さんは街に居ない方がいいですから、私が自分から正義の味方みたいなことはしないですけど、襲ってくるならわざわざ逃がしたりしませんよ」
言って、フロリーナは風の刃を飛ばし――許しを請うた暗殺者の肩口を、バッサリと切り飛ばす。
だが不思議なのはここからで、確かに切断されたはずの肩口から血が吹き出る様子もなく、見れば新しい皮膚が盛り上がり、既に傷口を塞いでいた。
このようにして――フロリーナは精霊術を駆使し、彼らの身体の一部をもぎ取っていきながらも、命に別状が無いよう傷を直して延命しており、それが尚更、彼らの理解が及ばない為、怖れを増幅していた。
そしてフロリーナは、切り飛ばした方の肉と骨を、細かく切り刻んだ後、ズウッ、と吸い込み、咀嚼し、食した。
こうして眼の前で少しずつ、自分の身体を食われる様を見せつけられ――とっくの昔に、暗殺者達の心は折れていた。
――だがここで、思わぬ来訪者が現れる。
コンコン、と玄関のドアをノックする音。
「――フロリーナ、オレだ。
中に入れてもらうぞ」
声の主は、まさかのギルマスであった。
この街、なんか暗殺者多くね?
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