第三十五話 森の主との死闘
魔の樹海に入り、少し進んだ領域を、カノンとクリスは並んで歩いていた。
眼の前に広がる――珍しく樹の生えていない、拓けた空間に、無数のゴリラが立ち並んでいた。
彼らこそが、森の主に従う手下の魔物であり、主と戦う為の最初の関門。
だが――今回は不思議なことに、大人しく控えており、攻撃してくる様子が無い。
彼らは魔物の中でも知能が高く……クリスの実力が並外れて高いことを直感的に理解している為だ。
無闇に襲い掛かったところで、命を散らすだけとなるが、かといって――主に従う彼らは、逃げるわけにもいかない。
故にこうして、カノンとクリスを迎え入れるかのように、待ち構えることしか出来なかった。
広場の中心には、ひときわ大きい、座った姿勢で三メートルを超える大きさの、巨大なゴリラの魔物が居た。
彼こそが――森の主と呼ばれる存在。
森の主は、クリスに視線を向けていた。
「――いいえ、こっちですわよ」
クリスは首を横に振り、言ってから、隣に立つカノンの背中を押した。
言葉は通じていないものの、意図は伝わったのだろう。
森の主は立ち上がり――クリスではなく、カノンの前へと立ちふさがった。
カノンもまた、クリスに背を押された以上は、戦う覚悟を決めていた。
「――来いよ」
カノンは拳を構え、挑発するように呟いた。
刹那――森の主が動いた。
至ってシンプルな、拳を振り回すようなパンチが、並外れた筋力により、巨体に見合わぬ超スピードで放たれる。
カノンはこれを……回避しなかった。
魔力による身体強化も含めた、全ての技術の解禁が、クリスから告げられていた。
そして解禁するからこそ――逃げるな、という課題も与えられていた。
カノンは、森の主の拳を回避することなく、受け止め、上回らなければならなかった。
故に単純な一撃が直撃して……次の瞬間には、背中から樹木に叩きつけられていた。
桁外れの破壊力を持つ拳は、最大限の身体強化を発動していて尚、受け止める事が出来ず、意識を一瞬だけではあるが、失っていたカノン。
しかし初撃で大きなダメージを受け、幸いにもこの衝撃が気付けにもなり、即座に目覚めることが出来た。
膝を突くことは無く、なんとか立ったままの姿勢を維持。
だが、身体で直接、森の主のパワーを味わい、理解できたことがある。
(――チッ、さすがにこのままじゃあ、耐えらんねェな、こりゃあ)
現在のカノンの身体能力では、森の主の拳を受け止められない、ある意味では当然の事実。
だが、正面から乗り越えることを求められている以上――素直に負けを認めるわけにもいかない。
一方で、一撃で倒れないカノンを見る森の主は、殺せなかったどころか、意識を奪うことすら出来なかったことに驚いていた。
だが、ダメージは確かに入っている様子なので、攻撃を続ければ殺せる、と判断した。
続けて第二撃、拳を振り上げ、叩き落とすように殴り掛かる森の主。
これを再び、カノンは迎え撃ち――今度は、技術を交えて拳を受ける。
「――ッガァアアッ!!」
カノンは、気合を入れるような叫び声を上げながら、森の主の拳を、両手で受け止めながら、流れるような動作で受け流した。
そのまま拳は大地を穿ち、ズドォンッ、と轟音を立て、土煙が立ち上がる。
受け流したとは言えども、事実一瞬でも受けている以上、ダメージはカノンに入っていた。
身体全体が震えるような衝撃と、熱い痛みがカノンを襲う。
だが――これで終わらせていては、戦いにならない。
カノンは前へ、森の主を打破せんと突撃し、拳を突き出す。
身長にすれば三倍以上、体重にすれば想像も付かないレベルの格差がある森の主を相手に、それでもダメージを通す為――鞭のようにしなる拳を叩き込む。
単なる打撃ではなく、揺らぐ水のように、波打つ海のように、浸透するイメージでもって打ち込まれる拳打。
質量差があろうとも――相手は肉。
衝撃を阻むものなど無く……内蔵へと直接捩じ込まれた衝撃によって、森の主は思わぬダメージを受ける。
「――ギャオオオッ!?」
経験の無い痛みに、驚愕と、怒りの混じった叫びを上げる森の主。
「――いいね、やれるじゃん、アタシも」
戦えている、という事実を実感し、ニヤリ、と笑うカノンであった。
冷静に考えるとクソデカボスゴリラの肉とか硬そうなんだけど……まあファンタジーだし柔らかくて美味いっしょ(適当)。




