第三十一話 謎の組織と聖女
――クリスが暗殺者チームを、白昼堂々皆殺しにしたという、武勇伝のような話は、即座に広まった。
前回の噂、つまり悪徳貴族を撃退したという話よりも素早く、辺境周辺へと広まった。
故に――暗殺の指示を出した、聖女サリアの下へも、情報は早く届いた。
「……以上が、派遣した暗殺チームの顛末となります」
黒尽くめ、覆面の謎の人物が、サリアに報告をする。
随分と悔しさが、露骨に声へと滲んでおり、作戦の失敗を悔やんでいる様子であった。
だが一方で、サリアは一度だけチッ、と舌打ちすると、後は大して気にする様子もなく、頷いてから言う。
「そうですか、ここまでの格差があるのであれば仕方がないですね。
ひとまず、大筋に影響はありませんから、この問題については放置、凍結するものとします」
この決定に、謎の人物は異論を唱える。
「本気ですか!?
これほどの力を持つ者が、我々の敵となるのだとしたら、その脅威度は計り知れません!
最悪の場合、計画が全て破綻しかねません!
こうなれば、どのような戦力を投入してでもクリスティーナ・ブーケンシャーの殺害を……!」
語気を荒げる謎の人物に、サリアは咎めるような口調で問う。
「何様のつもりです?
貴方も忠誠を誓った身でしょう?
徽章を見せなさい」
言われて、慌てて謎の人物は懐を探る。
「は、はい!
失礼しました――この通り、私もこの逆さ十字に忠誠を誓った身です!
逆らうつもりなど毛頭ありません!!」
謎の人物が取り出したのは、なんと帝国の紋章によく似た柄が刺繍された徽章であった。
いや、形そのものは全く一緒と言って良い。
ただし――唯一の違いは、上下が反転していること。
帝国の、十字に龍虎の紋章が、上下逆さに描かれた徽章は……掲げる向きを間違えでもすれば、最早区別が付かない。
そんな徽章を、謎の人物はしっかり逆さ十字になる形で掲げ、サリアに見せていた。
「私たちの計画は、クリスティーナを殺すことが本命ではありません。
恐れるあまり、本当に優先すべき事を疎かにしては、元も子もありません。
それでも尚、クリスティーナにこだわるようなら……それは即ち『あの方』への反逆と見なします。
いいですね?」
サリアの言葉に、謎の人物は緊張しながら頷く。
「了解しましたッ!
二度と、このような愚かな提案はしないと誓いますッ!!」
これに頷き、サリアは謎の人物へと退室を促す。
「いいでしょう――では、貴方は本来の仕事へ戻りなさい。
私も、この後は聖女としてやるべきことがありますから」
「了解しました……失礼します」
こうして謎の人物はサリアの部屋から退室し、姿を消した。
その後――サリアは言った通り、聖女としての役割を果たすため、救貧院へと向かった。
今日は救貧院に住まう人々への炊き出しを行う日だった。
近頃は単に炊き出しを行うだけにとどまらず、聖女として――光の精霊術の使い手として、体の調子の悪い人々の為に、無償で治癒の精霊術を掛けてやる、という奉仕活動も行っていた。
その影響もあって、救貧院での炊き出しには住人だけでなく、貧民街の外からも数多くの人々が訪れていた。
「聖女様……いつもいつも、本当にありがとうございます」
救貧院を管理する司祭が、サリアへと感謝の言葉を述べる。
「いいえ、気になさらないで下さい。
これは全て、私がやりたくてやっていることなのですから」
言うと、これに司祭は本当に感心したように何度も頷く。
「その御心、正に聖女と呼ばれるに相応しい、慈愛に満ちた素晴らしいものでしょう。
ですが……聖女様も今や皇太子殿下の正式な婚約者です。
あまりに財を投げ売って、こうして治癒の精霊術を使った奉仕活動に随分と時間もお使いになって、本当に良いのでしょうか?」
司祭は心配のあまり、サリアに問いかける。
だが、これにサリアは、なんてことのないようにあっさり答える。
「問題ありません。
財産など、本当なら生きていくに必要なだけあれば十分なのです。
それ以上は、出来ることなら貧しい方や、今を苦しんでいられる方に分け与えてあげたい。
治癒の奉仕活動も同様です。
せっかくの力を使いもせず過ごすことが、皆さんの明日が明るくなることと比べれば、どれほどの価値がありましょう?
私の立場も、身分も、財産も、皆さんが笑って明日を迎えることに比べれば、大した価値のないものです。
ですから寄付も、支援も、奉仕も全て、どれだけ捧げたって、私にとっては安いものなんですよ」
笑顔で語るサリアは――嘘でも何でもなく、本心から語っていた。
やがて――集まった人々全員に治癒の精霊術を施した頃には、額に汗するほどに疲労していたサリア。
そこまで献身的に、平民へと尽くしてくれる聖女サリアへの評判は、留まるところを知らない。
「――聖女様、バンザイ!」
「精霊教、バンザーイ!!」
自然と、奉仕活動が終わり、サリアが帰る頃になると、そんな称賛の声が民衆から上がる。
「ありがとう――皆さん、本当にありがとう!
私、そんな皆さんのことが本当に大切で……大好きで、愛しています!」
そうやって称賛の声に応えるサリアの言葉にもまた――嘘は、無かった。
暗殺者チームを、白昼堂々皆殺しにした!?
そらそんなおもろい話、爆速で広まるだろうよ……。




