第三十話 全滅
暗殺チームのリーダーは、老人の有り様を見て、人質の効果は無いと即座に悟った。
(このまま人質を抱えていても、戦闘で有利に働くわけでもなし……。
ならば、人質交換を持ち掛け、その隙を突く他あるまい)
考えながら、リーダーはチーム全員に視線を配る。
全員が頷き、おそらくはリーダーと同じような考えに至っていた。
「――人質の交換を要求する!
我々は、この女を解放する代わり、貴様にはそこの無惨な有り様の老人の解放を求める!
同意するなら、彼から手を離し、距離を空けてくれ!」
リーダーが言うと――応じる気にでもなったのか、クリスは老人の髪を掴む手を放した。
「はへ」
老人は間抜けな声を漏らしながら、ゆっくりと自由落下を始める。
今だ、と暗殺チームは思い、同時に攻撃を仕掛けることで確実に殺そう、と算段を立てたが、これが間違いだったとすぐに教えられる。
老人の身体が、地面に崩れ落ちたと同時。
なんとクリスは――老人の頭を、ストンピングで踏み潰し、グシャアッ、と破裂させたのだ。
人質交渉を受けるどころか、暗殺チームに対する人質として機能するはずの人間を、容易く殺してみせた。
暗殺チームの全員が驚きに目を見開き、攻め込むタイミングを失った所で、クリスが余裕綽々の表情で呼びかける。
「間抜けなことをおっしゃらないで。
人質を取られて、何故弱腰になると?
わたくしがやるべきことは――二度とこのような愚かな真似を出来ないよう、やろうとも思わないよう、徹底的に叩き潰し、必要以上に苦しめて殺すことぐらいしかありませんわよ」
言い終えた、次の瞬間。
暗殺チームが、一斉にクリスを殺すため、駆け出した。
人質の、宿の従業員の女すら構わず、全員が同時にクリスへ目掛け、駆け出した。
そうでもしなければならないほど……眼の前の女は、凶暴で、凶悪で、決して見逃してはならない最悪の敵であると直感したのだ。
最初に辿り着くのは、大男。
クリスの腕を掴もうと手を伸ばすが――逆に掴み返される。
クリスは右手で小指と薬指、左手で人差し指と中指を掴み……左右に引き裂く。
単に千切れて終わるのでは無く、絶妙な力加減によって、大男の肩口までビリリリィッ、と肉が引き裂かれる。
「――フンッ」
そして、クリスは掴んだ腕を地面を勢いよく放り捨てながら、大男が得意とする技と同じものを仕掛ける。
ギリギリで繋がったままの、大きく引きされた肉を鞭のように振るい、二つの方向から波が首へと到達して――ズパァンッ、と破裂。
並外れた威力で技を掛けられ、大男の首から上が吹き飛ぶ羽目となった。
続けて、ナイフジャグリングの男が両手でナイフを握り、突きを放つ。
「覇ァッ!」
これをクリスは正面から受けて立ち、左右の掌底をナイフのそれぞれの先端に合わせ、ぶつける。
クリスの皮膚をナイフ程度で傷つけられないのは最早当然のことで――それだけでなく、衝撃波が油圧プレスでも掛けたかのように、ナイフを、そして男の腕を押し潰す。
威力のあまり、男の肩から千切れて、両腕が後方へと勢いよく吹き飛び、更には本人もこれに引きずられ、後ろへと引っ張られて倒れる。
自身の肩甲骨すら貫き、上腕骨が背部へ数十センチ突き出るような惨状であり、同時に正面から大型トラックにでも衝突したかのように、胴体の、主に胸部が陥没していた。
それだけ、クリスが放った一撃の衝撃が凄まじかったことの証左であり……当然、心臓も無事ではなく、即死であった。
――この直後、遠距離攻撃が二つ、同時に、静かにクリスを狙う。
飛んでくるのは狙撃銃の銃弾、そして吹き矢の毒針。
「――ゼァッ!!」
クリスは音もなく飛来するこれらを、拳の一閃で纏めてバチィッ、と弾き返す。
毒針は狙撃銃の女へ、弾丸は床に姿を隠した若者の暗殺者へと飛来し、直撃。
脳天を二人とも同時に貫かれ、即死する。
「仲間を……許さぬっ!!
最後に――影潜りのリーダーが、魔術を発動。
周囲に落ちる影に魔力を通し、拾い上げて自らの身に纏い、束ねていく。
最終的に、まるで一本の大槍のような姿に変わって、クリスへと突撃する。
「オォオオオッ!!」
ドギャッ、と突撃してくるリーダーの一撃を、クリスは堂々と迎え撃つ。
「セイヤァッ!!」
何の変哲も無い、正拳突き。
だが威力は――クリスの打突である以上、常識外れ。
リーダーの纏った魔術の影を貫き、内側に隠れていたリーダーごと粉砕。
影の魔術の内側で、逃げ場が無い為に高まった圧力によって、まるで爆弾でも仕込まれていたかのように。
ドォンッ、と破裂し、粉々になって四方八方に吹き飛ぶ。
こうして……僅か数秒の内にして、暗殺チームは全滅。
皆殺しとなった。
この時の、クリスの蹂躙劇を、後に人質として攫われた従業員の女はこう語る。
「クリスさんが来てくれるまでは、とても恐ろしい思いをしていました。
でも……あの着潰した服みたいにボロボロになったお爺さんを引きずりながら、クリスさんが来て、姿を見た途端、一気に緊張が抜けました。
助けてくれる、とか、そういうんじゃないんです。
むしろ、クリスさんは私のことなんか、居ないものみたいに無視されてて、助けようとする素振りも見せてくれませんでしたよ。
――ならどうして安心出来たのか、ですか?
私にも不思議なんですけど、何故かフッと、恐怖が和らいだんですよね。
眼の前で、次々と人間が……暗殺者が無惨に殺されていったにも関わらず、です。
確信が、あったんですよね。
戦いが始まる前から――きっと、誰もクリスさんを害することなんて出来ないんだ、って。
例えば、どんなに夜が暗くて、寒くて、恐ろしくっても、絶対に太陽は昇って、そのうち暖かくなることが信じられるみたいに。
きっと、クリスさんがいるのに、何か恐ろしいことが起こるはずもないんだって、無条件に信じられたんです。
それだけ――クリスさんの強さは、特別でした。
本当の太陽みたいに」
き、貴重な暗殺チームが……!




