第二十八話 人質作戦パート2
夜道を、自宅に向かって歩く受付嬢、フロリーナ。
彼女の前から、見知った顔の人物が現れる。
「――おーい、フロリーナ!」
手を振りながら、小走りで近寄ってくるのは、カノンであった。
「どうされました?」
「実は話があってさ。
昼間に変なことがあったから、その忠告とか」
言って、カノンはフロリーナへと接近する。
「実は――」
カノンが、何かを言おうとした、次の瞬間であった。
「――『切り裂け』」
フロリーナは一言、宣言する。
次の瞬間――無から風の刃が発生し、カノンへと襲い掛かる。
風の刃はカノンを胸元から切り裂き、深く傷つけ――そして、ダメージから『維持』不可能となり、カノンの『姿が変わった』。
小柄なカノンであったはずが、体格、顔立ちもまるっきり変化し、最終的には醜い薄毛のブ男へと変わってしまう。
「な、何故だ!?
俺の変身術は完璧だったはずだ!!」
そう――このブ男こそが、暗殺チーム最後の一人。
集合場所では、特徴のない一般人の姿をしていた、『変身』能力を持った暗殺者である。
彼は戦闘能力よりも、どのような姿にでも変身できる能力に優れていたことから、チーム内では情報収集を主な役割としていた。
だが、単なる受付嬢に過ぎないフロリーナであれば、不意を突けば容易く制圧出来るだろう、と計算され、このブ男が割り当てられたのだ。
しかし実際には、フロリーナは戦闘能力を有していた。
ブ男の問いに、何を意味不明なことを、とでも言いたげに、きょとん、としたまま首を傾げるフロリーナ。
「敵を殺すことに、何の違和感が?」
本当に理解できない、といった様子で呟くフロリーナ。
これにブ男は恐怖した。
つまりこの受付嬢は……たとえ顔見知りであろうと、殺意を持って接近した時点で、何の疑問も持たず、やられる前にやる、という考えを持っているということなのだ。
しかも、それを理性や経験ではなく、自然体で、ごく普通のことのようにやってのける。
「こ、このサイコ女めッ!!」
悪態を吐きながら、男はフロリーナに背を向けて逃げ出す。
しかしこれも……既に手遅れ。
フロリーナはさらに複数の風の刃を放っており、これでブ男の足の健を傷つけ、自由を奪う。
「か、風の魔術を、このレベルで!?」
威力だけでなく、卓越したコントロールで正確に足の健を切られたブ男は、驚愕の声を上げる。
「残念、これは精霊術ですよー」
言いながら、フロリーナは倒れ伏したブ男に近寄る。
「くっ……だ、誰かぁ~~!!
助けてくれぇ!!
殺されるぅッ!!」
苦し紛れに、近隣の住人へ向けて助けを求める叫び声を上げるブ男。
だが……声が届く様子が無い。
確かに、この区画は人の住まう場所であるはずなのに、これだけの叫び声を上げて、一切の反応が無い。
異様な状況に、ブ男の額から冷や汗が流れる。
「――私って、優しいと思いませんか?」
倒れるブ男の前に立つフロリーナが、問いかける。
「こんな、何の価値もない有象無象を相手に、わざわざ手間を掛けて殺してあげるなんて。
と~っても、心優しい女の子っぽい、可愛らしい行動だと思うんです。
貴方も、そう思いますよね?」
ニコリ、と笑顔を浮かべて……受付嬢としてギルドで仕事をする時と全く変わらぬ表情で、ブ男を殺すと宣言する。
「ひ、ヒィィイッ!!」
ブ男は死にたくないから、必死に藻掻き、腕の力だけでこの場から離れようとする。
しかし無慈悲にも、フロリーナは彼を逃さない。
「微塵に砕けろ」
一言、宣言すると同時。
風の刃が無数に――百や二百、といった数の、大小さまざまな形で発生し、渦巻き、ブ男を、そして地面に流れた血を纏めて絡め取る。
絡め取られたものは宙で粉微塵に切り刻まれ――瞬きする間に血煙となって、やがて完全に消滅する。
いや――ただ一つ、十字に龍虎が描かれた、帝国を表す柄の入った徽章だけが、切り刻まれたブ男の服の内側から、零れ落ちるように逃れ、宙に舞う。
だが、これすらも追撃するように、風の刃が追って切り刻み、完全に消滅させられる。
こうして、場にはブ男が存在した証拠も、誰かが傷つけられ、負傷した証拠すらも残らなかった。
「――ふ~ん、ふふ~ん♪」
そうしてフロリーナは、まるで何事も無かったかのように、鼻歌混じりで帰路につくのであった。
結局、暗殺チームは作戦を何一つ遂行出来ず、全員が負傷、しまいには一人の欠員を出してしまう。
想定を遥かに下回る結果に、いよいよ手段を選ばぬ覚悟を極めた。
屈辱的なことではあるが、見逃されたお陰でまだ作戦は失敗したわけではないとも言える。
よって――クリスと関わりの深くない人物で構わないから、とにかく人質を取ることを優先するという選択をした。
これが……まるで無意味な選択だとも知らずに。
☆一口メモ☆
十字に龍虎なんて、帝国の紋章はオシャレだね^^




