第三話 鍛錬の喜び
鍛錬を始めてからというもの、クリスティーナはメキメキと体力を増し、健康な身体を手に入れつつあった。
山歩き、ならぬ宝石歩きはすでに問題なく歩き回れる程度まで習熟し、今は前世で学んだ武術の型を打つ段階にまで進んでいる。
「――ほっ、はっ!」
宝石をばら撒いた絨毯の上で、正しい型を意識しながら鍛錬を続ける。
足裏の感覚は鋭敏になり、自身の重心をコントロールし、体幹から自在に身体を操る感覚を養っていく。
同時に、身体を動かすことで無理なく、少しずつ体力を増強しつつある。
クリスティーナは、着実に健康体へと近づいていた。
一ヶ月、二ヶ月と経過するほどに、健康になってゆくクリスティーナ
両親から見て、使用人たちから見て、明らかに変わりつつある姿には、誰もが疑問を抱いたが、良い変化であるため見逃された。
しかしそんなある日、クリスティーナの新しいワガママによって、どうやら様子がおかしいぞ、ということが判明する。
「おかあさま!
わたくし、新しく欲しいものがありますの!」
夕食の席で、クリスティーナが無邪気に要求する。
「新しい宝石かしら?」
「いえ、宝石はもう良いのです!
欲しいのは砂です!
たっぷりの砂を袋に入れて、部屋に飾りたいのです!」
理由の分からないものを要求され、一瞬だけ母は硬直する。
すぐに頭を働かせるが、結局意味がわからず、父の方へと視線を向ける。
当然、父もクリスティーナの要求の意味が分かっておらず、険しい表情を浮かべながら、しかしどうしたものか、と思案していた。
「……クリスティーナ。
砂袋は、何の為に必要なのだ?」
「叩きます!
人間の代わりに叩いて楽しむのに、砂袋が良いのではないかと思いました!」
父と母は、クリスティーナの言葉に頭を抱えそうになった。
クリスティーナとしては、単にサンドバッグのようなものを欲しいと思っただけの事でしか無いのだが、経緯も何も知らない両親にしてみれば不可解極まりない要求。
だが、意図をどうにか独自の解釈で読み取り、言葉を返す。
「我がブーケンシャーは武家だ。健康になったのなら、クリスティーナも今後多少の暴力に慣れる経験が必要なのかもしれない」
父の言葉で、母も納得する。
「そういうことでしたら……」
「ふむ。クリスティーナ、いずれ砂袋はお前の部屋に届けさせよう」
「ありがとうございます、おとうさま!」
こうして、クリスティーナは無事、サンドバッグに類する物を得られる運びとなった。
ただ――両親からしてみれば、暴力的な趣味に娘が目覚めたようにしか見えていなかった。
この為、今後しばらくクリスティーナはそういう子供、として見られることとなる。
そうして数日後には、大量の砂が詰まった丈夫な砂袋が部屋に届けられた。
随分な重さが有るため、吊るす方法に苦慮した様子であったが、相応に大きく頑丈な木製のフレームが運び込まれ、これに吊るすことで良しとされた。
「よっ! はっ! とう!」
ドスッ、ドスッ! と重たい拳打を砂袋へと叩き込み、鍛錬を開始するクリスティーナ。
実の所――サンドバッグというものは、実際に砂が入っているものではない為、この砂袋は安全に鍛錬する上では不適切である。
砂というものは重く、吊るしてあれば自重で圧縮し、湿気を吸えば固まる為、言ってしまえば岩を殴るよりはマシ、程度の代物である。
殴れば怪我をする可能性が高い。
だが、クリスティーナはそれでも、あえて砂袋を用意した。
というかそもそも――通常のサンドバッグのようなものであれば、幼い頃からワガママ一辺倒で買い集めたドレスを再利用し、縛り重ねて見様見真似で製作済みである。
今もベッドの下へこっそりと隠してあり、存在を秘匿されている。
まあ、部屋を掃除する使用人にはバレているが。
では何故砂袋を用意したかと言うと、打撃の練習ではなく、部位鍛錬を行う為である。
固く、重い砂袋を打撃することで、自らの手足を武器のように鍛え上げる。
それがクリスティーナの最大の目的であった。
当然、打撃によって自身が負傷する可能性もあるが、それを防ぐよう打撃することで、構造的に強い打撃の感覚を得るという目的もある。
……ただ、それが健康体に必要な鍛錬か否かと言えば、怪しいところではあった。
だが、クリスティーナの頭には、全力で事に当たる以外に無かった。
必要か、不必要と考慮するまでもなく、まずは出来ることに取り組む。
故に、一見意味の無いような鍛錬にも積極的であった。
結果――メキメキと技術、身体能力のどちらも伸びてゆき、クリスティーナは強靭な肉体を手に入れることとなる。
☆一口メモ☆
砂袋はマジで危ないので真似をしないほうがいい。




