第十八話 訓練開始
決闘騒ぎから数日後、冒険者ギルド前で――過酷なトレーニングを行う者がいた。
「ふぐっ……いち、にっ……いちっ、にぃッ!!」
プランクの姿勢を維持したまま、腕の力だけで前進する運動をするカノン。
そんなカノンの背中に――クリスが腰を下ろし、座っている。
「ほら、バランスが崩れていますわよ?
あと少しです、頑張りなさいな」
ゆっくりと進むカノンを煽るように言うクリス。
「……くそがぁッ!!」
奮起し、カノンは力を振り絞る。
予定されていた距離まで、残り一メートルもないが、これを一気に進んで終了させる。
トレーニングが完了し、力尽きてその場に潰れるカノン。
これを感じ取ったクリスは素早く背中から飛び退き、そして告げる。
「ほら、次は仰向けになりなさいな」
訓練はまだ終わらない、と言わんばかりに、ゲシゲシとカノンの横腹を小突くように蹴るクリス。
「……わーってるよ」
諦めたような声でカノンは転がり、腹を天に向けて寝転がった。
「では、行きますわよー」
言うとクリスは飛び上がり――なんと、カノンの腹に目掛けて着地する。
「――ングッ!!」
腹をクリスの全体重で、勢いよく踏みつけられ、カノンは吐きそうな声を漏らす。
「まだまだ、無意識に魔力で身を守っていますわね。
身体そのものを鍛えるのが目的なのですから、身体強化は完全に抑えてしまいなさい。
何度も言っているでしょう?」
「うるへぇ……ほぐぁっ!!」
口答えしようとしたカノンの腹の上で、クリスが軽くジャンプし、負荷を掛ける。
このままでは埒が明かない為、意識して身体強化を抑え込むカノン。
「よろしい、では、続けますわよ」
言って、クリスはカノンの腹の上から降り、また大きく跳んで腹へ着地する。
一見すると単なる拷問であったが……これもれっきとした、武術的なトレーニングの一種である。
最低限の動き、最低限の筋肉で最大限の出力を発揮しようと考えた時、腹圧というものが重要になってくる。
現代日本でも、空手家等は腹圧を高める為、重さのあるボールを腹へ直接落としたり、腹を踏んでもらったりして鍛える場合がある。
クリスのこのトレーニングも、それに倣った方法なのだが……周囲から見れば、奇っ怪な拷問にしか見えない。
よりにもよってギルド前でそんなトレーニングを続ける二人は、好奇の目に晒されることとなった。
トレーニングを続ける二人を、遠巻きに眺める人々の中に、ねっとりと、気色悪い熱が籠もった視線を向けるかぎ鼻の男の姿があった。
「ふむぅ……あの女、破廉恥な格好をしておるが、相当に美しいではないか」
言葉を漏らしたのは、この辺境にて役人としての仕事を担う法服貴族の一人……その名も、フセイン・スルーノ!
「おい、護衛。
私はあの女が欲しい、どうにかして手に入れるのだ」
スルーノは、自身の護衛を務める男――元冒険者の男に、クリスへちょっかいを掛けるよう指示を出す。
「す、スルーノ様……それだけは、ご勘弁願います……ッ!」
「ふむぅ? ふむ」
護衛の男から返ってきた拒否の言葉を奇妙に思い、スルーノは男の様子を横目で見る。
理由は分からぬが、ブルブルと身体を震わせながら、冷や汗がびっしりと吹き出していた。
(……拾い食いでもして腹を壊したな? 下品な平民め……)
見当違いの納得をして、不問にするスルーノ。
「しかし……うむ、どうしても欲しいぞ……」
その後もスルーノは、クリスに向けてねっとりとした、下品な視線を向け続けるのであった。
☆一口メモ☆
フセイン・スルーノの名前の由来は『不正をするの』から。
いかにも不正してそーなヤローだぜ……。




