第十七話 喪失
クリスは――レッサーパンダ拳の構えから、素早く右の拳を振り下ろす。
標的はカノンではなく……竜牙刃。
カノンの魔力を受け取り、輝きすら放つ竜牙刃目掛け、ヒッティングの瞬間に拳を握り込みながら、打ち下ろす。
ギャンッ――と、甲高く鳴くような音が響く。
それは竜牙刃が、クリスの打撃に耐えきれず、根本からまるで切断でもされたかのように折れた音であった。
だが終わりじゃあない。
クリスはもう片方の拳を、横殴りで振るう。
折れた竜牙刃を、側面からクリスの拳が襲う。
ドシャッ、と鈍く、重い砂を殴ったような音を立てて、クリスの拳が竜牙刃を粉々に、パラパラに粉砕した。
ブワァアッ、とクリスの拳が生み出した風に乗って、竜牙刃は塵となって消える。
……切り札を、最大最強の一撃を、正面から粉砕された。
この事実を前にして――カノンは、呆然とするしか無かった。
「そ、そんな……」
カノンは、悔しさに顔を歪めた。
「こんだけやって、まだ足りねェのかよ……ッ!!」
「足りない、とは?」
クリスはカノンの嘆きに、首を傾げて疑問を投げかける。
「この程度の有り様で、貴方は一体、何をどれだけやったというのです?」
怒りに支配されたカノンは、感情的に言い返す。
「アタシはなァ、何でもやってきたんだよッ!
テメェみてェなヤツを殺す為に、出来ることは何でもやったッ!!
何も知らねェくせして、ナメた口聞くんじゃねェ!!」
だが、カノンの怒りすらどこ吹く風、クリスは鼻で笑い、言った。
「何でもやると豪語するなら、それこそ本当に、自由に何でもやればいいではありませんの。
平和に真面目に働いてもいいし、殺したければ殺せばいい。
勝てない相手から逃げてもいいし、自分より強い誰かに頼ってもいい。
師匠を見つけて自分を鍛え直してもいいし、敵の老衰を待ってもいい。
でも貴方……自分の手で、今すぐどうにか思い通りに殺せないかと、手段にこだわっているじゃあありませんか?
何でもやるなんて嘘っぱち。
貴方は本当のところ、自分の都合で道理が曲がるよう祈る――鉢植えの花のように可愛らしい、微笑ましい人ですわ」
クリスに言われ……カノンは、愕然とした。
自分の復讐心を、過去に抱いた怒り、憎しみによる現在までの道程を、否定されたような気がした。
いいや――事実否定されていて、怒りよりも、自分への失望が大きいことに気づいた。
人を人とも思わぬ貴族は排除せねばならない。
その為なら何でもする、と誓ったはずだった。
だが――恨みのある貴族に取り入って近寄るような真似はしてこなかった。
奴らの仲間になるような真似は死んでも嫌だと思ったからだ。
同じような理由で、悪徳貴族からの依頼を受けることも避けてきた。
復讐のためなら、と手を汚してきたつもりだった。
だが……実際にカノンが起こした行動は一種の癇癪に過ぎず、本当の意味では自分が泥を被る覚悟も、手を汚すつもりもなかった。
自己満足の出来る範囲で、出来ることだけをやってきたに過ぎないと、悟ってしまった。
それこそ今回だって……自分で手を下すことにこだわる必要は無かった。
暗殺者としての縁を活かし、情報を流し、何処ぞの悪徳貴族なり何なりと、クリスが敵対するよう誘導するという手段もありえた。
だがカノンは、選ばなかったのだ。
目的よりも、手段を優先していたのだ。
そう思うと――これまで信念を貫いてきたはずの、暗殺者『邪道』としての人生が、全て足元から崩れ去るようにさえ思えてきた。
眼の前が真っ暗になって、膝を付き、手を付き、項垂れた。
決闘の勝敗以前に――戦う前から敗北していたのだ、と打ち拉がれるカノン。
そこへ、クリスが手を差し伸べる。
「強くなりたいなら――わたくしの手を取りなさい」
カノンはクリスが伸ばした手を、間抜けな顔で見た。
「今のままでは、何一つ出来やしないのだと理解したなら、立ち上がりなさい。
わたくしが――その可愛らしい性根を叩き直して差し上げますわ!」
敵対していたはずの……否、命を狙ってきていたはずの相手にすら、手を差し伸べる。
それが優しさ等ではなく、カノン程度は敵になりえない、導いてやる必要のある未熟者として、侮っているに過ぎないと分かっている。
だが……だからこそ、カノンは手を取った。
バシッ、と強く叩くような勢いで、クリスの手を握るカノン。
「テメェ……言いやがったな?
これからは、いいや今度こそ何でもする、を本気でやってやる。
いずれテメェに目にもの見せてやるよ、クリス!」
こうして無事――決着。
クリスがカノンの生殺与奪を握り――手下、あるいは弟子として鍛えてやることが決まったのである。
丸く収まったぜ……。




