第十六話 決戦
カノンが次に試みた戦略は、目潰しであった。
目が見えなければ――せめて、何かしら付け入る隙が生まれるかもしれない。
希望的観測による判断であった。
懐から、刺激性の強い煙を発生させる煙幕弾を取り出し、クリスに目掛けて投げつける。
これまで同様、クリスは回避する素振りも見せず、飛んでくる煙幕弾を身体で受ける。
「煙幕ですか……悪くないですが、わたくしには効きませんわよ」
クリスが言う通り、発生した煙はクリスの身体の周囲に纏わりつくように烟っているが、刺激を感じている様子は無く、目を見開いてカノンの動きを捉えていた。
「――それでも、見辛くはなったろッ!!」
カノンは言って、素早く動き、クリスの死角に回り込み、命を狙ってナイフを突き出す。
だが……クリスはこれを、振り返りもしないまま、手を差し出して、二本の指だけで挟むようにして受け止める。
カノンが力を入れ、どうにかナイフを動かそうとするも、クリスのわずか二本の指にすら敵わない。
「見えなくても、気配が分かれば同じことです。
そして気配を読み取る為にこそ、わたくしはこの鎧を作りましたのよ?
攻撃を容易く当てられるとは思わぬことですわね」
クリスの言葉に、カノンはチッ、と舌打ちをして、ナイフを諦め手放して後退しつつ言い返す。
「うるせェ、変態女!
減らず口もここまでだ」
いよいよ、カノンは最後の手段に出ることにした。
懐から取り出したのは――秘蔵の逸品、竜の牙を削り作られたと言われるナイフ、銘を『竜牙刃』という代物。
かつて暗殺した貴族の宝物庫から掻っ払った宝剣であり、カノンが持つ大量の魔力を注ぎ込むことで、際限無く切れ味を上昇させることが出来る。
これまでどんな防御も、物質でも貫いてきた――切り札とも言うべき武器。
「まあっ!
竜の牙なんて、久々に見ましたわ!」
これを見て、クリスはようやく楽しみが出来た、と言わんばかりに笑顔を浮かべ、喜色ばんだ声を上げる。
そして――ここに来て初めて、構えた。
「光栄に思いなさい――相手をして差し上げます」
クリスは言って、両腕を高く掲げ――掌を相手に見せるような姿勢で構えた。
この姿勢こそ、クリスが編み出した『象形拳』の一種。
名付けて『レッサーパンダ拳』である。
象形拳とは、強さの象徴として、動物の特徴的な動き等を真似た動作、姿勢によって成立する憲法の一種である。
多くの場合、虎や熊等の強さを表すに相応しい動物から動きを学ぶものだが、クリスの場合は理由があり、独自の象形拳を開発した。
それは――可愛さである。
貴族令嬢たるもの、戦う姿も美しく、可憐でなければならない!
故にクリスは――可愛い動物の動きから象形拳の発想を得ることにしたのだ。
言うまでもなく、レッサーパンダとは愛らしい動物であり、クリスは前世の記憶の中から、両手を挙げて威嚇しているにも関わらず、えらく可愛らしく見えてしまうレッサーパンダ君の姿勢を真似た。
それがこの両手を高く掲げる構えであり、自分をより大きく見せるだけではなく、高い位置から背筋、つまり巨大な筋肉を利用して振り下ろされる拳は、優れた破壊力を発揮するという、理に適ったものであった。
ただ……結果として可愛さの欠片も残ってはおらず、クリスの放つ殺気、闘争を面前にして笑みを浮かべる凶相から、レッサーパンダどころかグリズリーや羆のように見えてしまっていた。
「――くたばれ、変態女ァッ!!」
クリスの構えを見て、カノンは気勢を上げ、正面から衝突する。
そして……これが『合図』であった。
事前にカノンが行っていた仕込み。
カノン最大の一撃と同時に、事前に依頼を出していた同業の暗殺者が――タイミングを合わせ、銃による狙撃でクリスを狙う。
作戦は、成った。
銃声も無く、弾丸は音速を超え、クリスの背中へ着弾。
だが――銃弾でさえ、クリスの皮膚を貫く事は敵わない。
まるで分厚い金庫でも撃った時のように、弾丸は拉げ、形を変え、クリスの背中に弾かれて落下する。
それでも構わない、とカノンは思った。
これで仕留められずとも……わずかでも、衝撃に意識を逸らされてくれれば、竜牙刃をどこか急所にでも突き立てるチャンスが生まれる。
ありったけの魔力を竜牙刃へと注ぎ込み――最大出力の身体強化でもって、クリスに向かってゾァッ、と超スピードの突きを放つ。
(届けッ――!!)
カノンは願いを、祈りを胸の中で唱えた。
しかし祈りは届かない。
レッサーパンダは可愛い、よってレッサーパンダ拳も可愛い。




