第十三話 カノンの過去
――カノンの生まれは、帝国のとある地方であった。
今回の辺境と同様、近くのダンジョンにてスタンピードの予兆があった頃まで、とある開拓村に住んでいた。
しかし、周辺地域を治める領主が何の対策も取らず、村を見捨て、当時の村人を見殺しにした。
当時のカノンは偶然にも村を離れており、幸いにも生き残ることが出来たのだが、故郷を失い、開拓地を共に生きる大事な仲間と言って良い人々を失い――強い絶望と怒り、憎しみを覚えた。
――人を人とも思わない貴族は、排除せねばならない。
その為だったら、どんな手段も厭わない。
これが……当時の経験を経てカノンが抱いた決意であった。
カノンは復讐を、人を人とも思わない貴族を凄惨な殺し方で殺し、見せしめになる形で遂げる必要があった。
あらゆる形で、人が苦しんで死ぬ方法を学んだ。
そして貴族を殺す為に――暗殺者として必須とも言える、気配遮断の術も極めた。
冒険者としては、単に技術として習得した気配遮断の術しか使わないのだが、暗殺者『邪道』としての時には魔術を使う。
人の認識を誤魔化し――自身を路端の石か何かのように思わせる魔術。
例えるなら、自分自身を、そこにあって自然な無機物同然に思われるという術である。
魔術と単純な技術の組み合わせにより、カノンは誰にも認識されずに街中を歩くことすら可能にした。
この技で――誰にも知られず、クリスを殺す事が、今のカノンにとって何よりも優先しなければならない復讐の一環なのである。
手始めに、カノンは毒殺を選んだ。
辺境は、暗殺に都合の良い毒物の入手に事欠かない。
魔の樹海で採取された、様々な由来の毒物を、カノンは独自に調合し、所有している。
今回用意した毒物も――複数種類の毒を混合し、確実に、しかも長く苦しんで死ぬように調合してあった。
当たり前の顔をしてクリスの泊まる宿へと侵入し、宿が提供する食事の準備中に紛れ込む。
(ふん――せいぜい、苦しんで死にやがれ)
そして料理がクリスに提供される直前、毒を食事に混入させる。
見れば明らかに不審者が、給仕が提供中の食事に何かを混入させているのだが、カノンの気配遮断技術のレベルが高く、誰一人として異常に気づかない。
混入後は、壁際へと寄って、暗殺の結果を見届ける。
「――頂きますわ」
手を合わせ、礼をしてから食事を始めるクリス。
カノンが毒物を混入させたスープを一口、まず口にして――何事も無かったかのように、食事を進める。
(……? おかしい、一口で致死量になるようにいれたはずだ)
見ると、クリスはあっさりとスープを平らげ、何事も無かったかのように食事を進めた。
最終的に――何事も起こること無く食事を追えたクリスは、給仕を呼びつける。
「――お給仕さん、こちらへ」
「はい、何か御用でしょうか?」
「このお皿、毒が盛られていましたわ」
「どっ、毒!?」
まさかの発言に、給仕だけでなく、食堂に集まっていた他の宿泊客までもが驚き声を上げる。
「お客様、大丈夫だったのですか!?」
「ええ、わたくしにこの程度の毒は効きませんから。
ですが、他の方が万が一でも口にすれば命に関わりますので、処分に気を付けてくださいな」
――言って、クリスは周囲を見回し……何故か、気配を遮断しているはずの、カノンの方を一瞬だけ見た、ような気がした。
「それと、今後もわたくしの食事に毒を仕込む不審な輩が出るかと思いますので、片付けの際には細心の注意を払って下さいな」
「は、はぁ……」
クリスから理解に苦しむ忠告を受け、ひとまず給仕はこれを受け入れ、食べ終わった食器を下げることにした。
毒物が混入していると言われ恐ろしくも感じるが、口にしなければ大丈夫、と信じて注意を払いながら片付けるのであった。
初日の暗殺は失敗。
だが、カノンは諦めなかった。
苦しめる為の調合を、少しずつ、より確実に殺すための調合に傾けていく。
また、食事に混入させる毒物の量も、段々と増やしていく。
最終的に――竜すら殺せる自信のある強力な毒物を、コップ一杯分という、最早密かに混入、等と言えるレベルでは無い量で食事に仕込んだ。
だが……これでも、クリスは死ぬどころか、体調を崩すことすらなかった。
毒が効かない。
体質なのか、それともそういった魔術なのか。
理屈はわからないが……ともかく、カノンの最初の暗殺計画は完全に失敗したのであった。
毒スープの処分させられるお給仕さん可哀想……




