第十二話 暗殺者『邪道』
所変わって――貧民街。
とある犯罪組織……具体的には、用心棒という名のタカリを主な生業とする厄介なグループの本拠地にて、ある話題が上がっていた。
「あのクリスとかいうクソ女、許しちゃおけねぇだろ!!」
彼らはクリスがビキニアーマーを作る際に叩きのめした男達であり、メンツが丸潰れといっても過言では無く、裏社会での立場が一瞬にして崩壊……つまり用心棒も成立しないほどに舐められていた。
「けどよぉアニキ、あんなバケモンにどうやってやり返すってんです?」
組織幹部の一人が、いかんともしがたい事実を告げる。
実際、末端の組員が倒され、舐められては困るからと、次々戦力を投入した結果、全滅しているのだ。
今更、クリス相手に全員で掛かったところで勝ち目が無いのは誰もが理解している。
「何も、俺達が自分で手を下す必要はねえ。
……雇うんだよ、暗殺者を」
組織の長、アニキの発言に、幹部達は困惑する。
「暗殺者って……そこいらの暗殺者じゃあ太刀打ち出来ませんぜ、あの女には」
「ナイフが刺さんねぇ女に、暗殺者が何をしてくれるってんです?」
幹部達の言もご尤も、何しろナイフで襲い掛かっても回避すらしないクリスを目の当たりにしているのだから、不意打ちで殺しに掛かっても意味が無いのは明らかであった。
だが、アニキはニヤリ、と笑う。
「ただの暗殺者なら役立たずだろうが、依頼すんのは並みのヤツじゃねぇ。
――お前らも聞いたことあるだろ、『邪道』って呼ばれてるイカれた暗殺者のことは」
アニキの言葉に、幹部達は一斉にざわつく。
――暗殺者、『邪道』
それは辺境都市では最も恐れられ、そして最も名高い暗殺者であった。
「まともなやり口で殺す事が無いことから付いた異名、『邪道』……だが、これは単に殺しの手口が豊富だからってダケじゃねぇ。
ヤツの一番イカれてるところは、殺すだけじゃ飽き足らず、ターゲットを見るも無惨な姿になるまでグチャグチャにして殺す残忍さにある。
あんな死に方、殺され方は嫌だ、って誰もが思うような惨たらしい殺し方をすることで……誰もがヤツを恐れてる。
そして恐れてるってこたぁよぉ、大抵の悪党なら考えるもんだぜ、殺される前に殺しちまえってな。
――だがヤツは生きてる。
他の暗殺者に命を狙われて、それを全部返り討ちにして、生き残ってる。
未だ正体どころか、男か女かすら判明してねぇ。
そんなとびっきりの暗殺者が、他にいるかい?
俺は知らないね。
あんだけ方々から恨まれて、それでも裏社会でやっていけるってこたぁ、それだけ価値ある暗殺者だってことなのさ」
アニキの語りに納得しかける幹部達だったが、一人がある事実に気づき、声を上げる。
「けどアニキ、『邪道』ってヤツは貴族しか殺さねぇって話ですぜ?
しかも貴族なら誰でも殺るってわけじゃねぇ、俺らにも馴染みがあるような、最っ低のワルに限るって言うじゃないすか」
この言葉に、アニキは呆れたような声を返す。
「はぁ、バカかおめーはよぉ。
クリスって女ぁ、ありゃどう見てもどっかの貴族崩れだろうが。
だったら後は簡単だ、とびきりのワルだったってぇ、適当な証拠でも捏造してやりゃあいいだけだろ」
そんな作戦で上手くような相手が、異名持ちになるまで暗殺者として生き残れるものか、と幹部は疑問に思ったが、ツッコミを入れることは無かった。
「――くだらん計画を立てているようだが、運が良かったな」
誰一人気づかぬうちに――部屋に侵入者があったのだ。
全身黒尽くめかつ体格の分からぬ服装で、顔を同様の黒い領巾と小鬼の仮面とで隠した、小柄な謎の人物……話題の人、『邪道』本人であった。
声は何らかの魔術の影響か、異様に高い音と低い音が同時に混じっており、言葉として聞き取れるものの、人物を特定するに至るような情報は得られない。
誰もが驚き、息を飲み、身動き出来なかった。
「おい、貴様」
「は、はいッ!!」
騙す計画を立てていたところを丁度目撃され、生きた心地のしないアニキ。
「私はクライアントを探していた。
それも丁度、クリスという傲慢な、人を人とも思わないような貴族を殺したがっているクライアントを。
今回だけは、下らん計画で私を騙そうとしていたことは不問にしてやろう」
首の皮一枚で、なんとか繋がった。
アニキは幸運に感謝しながら、『邪道』に話掛ける。
「ほ、報酬は……?」
「自分の首の皮に相応しいと思うだけ用意しておけ」
言うと――『邪道』は身を翻し、途端に部屋から姿を消した。
「あ、あれが伝説の暗殺者、『邪道』か……。
お、おしっこチビッたかも……!」
泣きそうな顔で、アニキは『邪道』が姿を消した方を見続けるのであった。
姿を消した『邪道』は――人目の無い場所まで移動し、身を包む黒尽くめの衣装と黒い領巾を脱いでいく。
この領巾と衣装は、すべてが人の認識を阻害する魔術が付与された『魔道具』であり、お陰で『邪道』の正体が何者か、誰にもバレずに活動し続けることが出来ていた。
黒衣を脱いだ下にあったのは、女性の身体。
そして最後に――装着した者の声を加工する魔術が付与された、小鬼の仮面を外す。
露わになった素顔は――なんと、冒険者カノンであった!
クリスと同じくスタンピードからの避難、護衛の依頼を受けた、斥候を得意とする冒険者、カノン。
考えの違いから、クリスに食って掛かり、怒りを露わにした冒険者カノン。
なんと、そのカノンこそが、暗殺者『邪道』の正体であったのだ!
そ、そんな……あの悪名高い暗殺者『邪道』の正体がカノンだったなんて……!!




