第十一話 帰還
馬車に村人全員が乗り込み、いよいよ避難が始まった。
村人が村から持ち出した荷物が想定より多く、冒険者の半数程が馬車に乗る余裕が無くなった為、交代で歩きながらの避難となった。
結局護衛の為に馬車から何人か出て歩く必要はあったので、大きな変更ではないのだが、休憩可能な人員が全体の半数となると、ローテーションが本来の想定より過酷なものとなる。
工夫のしようも無く、冒険者達は半数ずつで交代しながらの護衛となった。
村から離れて――辺境都市まで十分の一ほど進んだところで、冒険者の間で誰からともなく話が持ち上がる。
「森の空気がおかしい……こりゃあ、とっくにスタンピードが始まってやがるぞ」
理屈にし難い何かを感じ取った者たちの間で、それは共通認識となり、やがて事実として冒険者間で共有される。
クリスも――そしてカノンも、同様に何かを感じ取り、スタンピードが始まっていることを理解していた。
やがてさらに十分の一、全体で見て五分の一を進んだ頃になって、ついに魔物の群れが接近する。
「――来たぞ、スタンピードの逸れだ!」
群れの規模は小さく、魔物の数がほどほどであった為、スタンピードで溢れた魔物のごく一部だけが接近したものだと判断された。
「――冒険者諸君、迎え撃てッ!!」
騎士が号令を掛け、剣を抜く。
これに合わせて、冒険者達も雄叫びを上げながら、それぞれに武器を構えた。
この時、徒歩側の組にいたカノンもまた、ナイフを抜いて戦闘に備える。
そしてカノンが最後尾の馬車に視線を向けると――なんと、その屋根の上でクリスが呑気に瞑想を続けていた。
「あんにゃろ、ふざけやがって!」
悪態を吐くが、しかしクリスはカノンと違い、今は休憩時間にある。
積極的に魔物へ打って出るよりも、馬車の守りとして備えるのはおかしな対応でもない。
だが……実力がありながら、魔物との戦闘に参加しようとしないクリスの姿勢には、不信感を覚えずにはいられなかった。
そうして――小規模な魔物の群れによる襲撃は何度かあったものの、大きな被害を出すこともなく切り抜けられた。
「――不幸中の幸いだ、どうやらスタンピードの群れが向かった方角はこちらとズレているらしい!
逸れさえ対処できれば、ファウンダリアまで無事帰還することも難しくないぞ!!」
士気を上げるように騎士が声を上げると、冒険者達はパラパラと安堵の声を上げた。
ただ、一つだけ誰も気づいて居ない事実があった。
スタンピードの群れが向かった方角がズレていたのは、決して偶然では無かった。
他でもない、最後尾にて瞑想をしながら馬車の屋根に座っていたクリスが――強力な魔物の気配を先んじて感じ取り、鋭く集中的な殺気をぶつけることで、進行方向に干渉していたのだ。
群れは強い魔物に率いられている為、これによって殆どの魔物が進行方向を変えるのだが、ごく一部が群れから逸れ、襲ってきていたのである。
クリスが戦闘に参加せず、瞑想を続けていたのは、見落としが無いよう、念入りに気配を探っていた為だった。
ただ、見た目には何もしていなかった為、その貢献が誰かに伝わることも無かった。
全体の半分を過ぎたところで、馬車組と徒歩組の冒険者が交代する。
クリスも馬車から降りる。
しかしこの頃にはスタンピードで溢れた魔物も方々散り散りになっており、まとまった数の魔物が襲ってくるようなことも無く、危険は少なくなっていた。
こうして後半の徒歩組はさほど苦労すること無く、馬車も順調に進み――日が沈み、夜闇で辺りが見えなくなるギリギリの時間になって、辺境都市へと到着することが出来た。
無事辺境へと帰り着いて、騎士が依頼達成、完了を宣言し、冒険者達は解散となった。
クリスも初仕事を終え、少々の満足感に浸りながらギルドへと向かう。
「――あ、クリスさんお帰りなさい♥」
待ちくたびれました、と言わんばかりのフロリーナの態度に苦笑しながらも、クリスは依頼の達成報告に向かう。
「ただいま戻りましたわ、フロリーナさん。
依頼は無事成功ですわ」
「さすがクリスさんですね!
報酬は依頼達成の確認が取れた後のお渡しになります。
ところで、以前預かった素材の売却が完了したので、手形と交換出来ますが、どうなさいますか?」
「ギルドには貸金庫等はありませんの?」
「残念ながら、ギルドの業務の範囲外ですねぇ……。
今回のは額が額ですから、ちゃんとした貸金庫に保管した方が良いですよ?」
「そう致しましょう。
ところで、金額はいくらになりましたの?」
「大型金貨での取引になる、とだけ。
ですが、これでも名誉貴族になるにはまだまだ足りませんねぇ」
「はぁ……地道に高額な依頼をこなしていくしかありませんわね」
「さすがクリスさん♥
高額報酬が貰える依頼すら地道扱いだなんてっ♥」
――等と、和気藹々とやり取りをするクリスとフロリーナの姿を、睨むような視線で観察する者があった。
その人物は何も言うこと無く……静かに気配を消して、この場を後にした。
彼女が姿を消したことに気づく者は、一人としていなかった。
☆一口メモ☆
実はこの世界、よくある銀貨十枚=金貨一枚、みたいな世界ではない。
銀貨と金貨の交換レートは品質や種類等によって変動し、同様に金の比重等で金貨と大型金貨の相対価値も決まっている。
通常の金貨は街の中での大型取引で使われるような単位の貨幣で、大型金貨はより大規模な、船や複数の馬車で運んだ商品の取引で使われるような単位の貨幣。
クリスが以前に持ち込んだ素材の価値が大型金貨相当で、今回の護衛依頼自体は複数の銀貨か、より価値のある大型銀貨での支払いになる程度。




