第十話 正義の衝突
村長宅での『お話』の後は、問題も無く避難は進んでいた。
村人達は必要最低限の荷物をまとめ、一人、また一人と馬車へと乗り込んでいく。
その様子を見守っていたクリスの下へと、騎士が近寄ってきて、一言投げかける。
「……協力、感謝する」
これに、クリスは頷いて応える。
「気になさらないで。
見せしめは必要でしたし、その役割は領地を守る騎士様よりも、わたくしのような根無し草の冒険者が担うと後腐れないでしょう?」
「その判断を躊躇い、時間を浪費しかねなかった、申し訳ない」
言って、騎士はクリスから離れ、避難する村人達の監督に戻る。
中には大きなタンス一つ丸ごと運んで避難しようとする馬鹿者もおり、そういった輩を叱り飛ばす仕事が騎士にはあった。
「――バカモノがァ!! 引っ越しでもするつもりか貴様は!!」
真面目に役割をこなす騎士の姿を見て、クリスは満足げに頷いた。
その時――クリスの背後から声が掛かる。
「なあ、クリス。
あそこまでやる必要、あったのかよ?」
振り返ると、そこに居たのはカノンであった。
「避難に抵抗する者を言葉で説得する間にも、スタンピードの時は近づいてきます。
時間を浪費せず、かといって避難に支障が出るレベルの負傷者を最低限に抑えようと思えば、わたくしたちに出来たのはあれぐらいが限界でしょう。
逆にカノンさんは、あれ以上の方法があったと?」
クリスに言われ、悔しそうにしながらもカノンは言い返す。
「わかんねェ、アタシはバカだからさ、どうすりゃ良かったなんて言えねェけどよ……。
でも、あの人達にとって、村が命の次ぐらいに大事だって気持ちは嘘じゃねェと思うんだよ。
だったら、もっとちゃんと、その気持ちに向かい合ってさ――」
「寝言をおっしゃらないで」
クリスはカノンの言葉を途中で遮り、否定する。
「理想はあるでしょう。
理想的に事が運んだ未来を、夢に描くことだって出来るでしょう。
ですが今すぐ実現出来ない以上、それは戯言なのです。
一人でも多くの人を救えるかもしれないからと、眼の前の命を取りこぼしていては意味が無いのです」
悔しそうに、残念そうにクリスは言う。
だが、それにもカノンは反論する。
「そうじゃねえだろ!
結果が一緒でも、もっとあの人達の心に寄り添うことだって出来たんじゃないかって、そういうことだよ!」
「そもそも、この避難指示は彼らの為だけに出されたものではありません。
社会のため、民は確かに領主の手によって守られるという事実、国の骨子を成す為のものでもあるのです。
本人が嫌がったので見捨てて来ました、なんて言い訳を誰が信じるのです?
彼らの自己満足に付き合うのは、実質的に国の信頼を損ね、いつか誰かに呪いとなって返ってきます。
そもそも捨鉢になってでも欲しいものがあるなら……最大限、生き残るよう務めるべきですのよ。
でなければ死ぬ間際――いえ、きっと死んだ後も、悔やんで悔やみきれない思いが残るでしょうから」
苦い表情を浮かべて、クリスはカノンに言った。
「そうじゃねえだろ!
国の為に、他の誰かのために必要って、そういう理屈んとこじゃねえんだよ!
あの人達の気持ちを分かってやれねェのかって、それだけのことがなんで、わかんねェんだよ!!」
カノンは、分からず屋のクリスにどうにか伝わらないかと、必死で声を荒らげた。
だが、クリスには通じない。
「それほど土地への思い入れが強いのなら、尚更生き残るべきでしょう。
思い出を道連れに死んだところで何も残りません。
土地を捨て、形が無くなったとて、生き残ってこそようやく残せるものがあるのです。
一時の感傷に流されて判断を誤ってはなりません……特に、人の命の掛かる状況では、価値観の天秤だって狂います。
感情だけで動いて、とりかえしのつかないことになるぐらいなら、理屈と理性で自らを制御し、優先順位を付けて行動すべきです」
自らを律するように、戒めるようにクリスは言う。
「テメェ……人の心が無ェのかよッ!?
そこまでして、村が大事だって人の心を無視して、何が嬉しいんだよテメェは!!」
「そうですわね……貴方の言う心が同情心というものであれば、力無い者は心など持たない方がマシでしょう。
力があるから行動を選べる。
力無き、選択する権利も無い弱者が選ぼうと足掻いて、死ぬのは自分だけじゃ済まないんですもの
今は自分の為に生き、自分の為に死ぬことが許されるような、我儘が認められる状況じゃありませんのよ」
「――だったらッ!!」
クリスの言葉に怒りを覚えたカノンは、クリスへと詰め寄り、睨みつけながら言い返す。
「アンタほど強いヤツなら、第三の選択肢だって選べるはずだッ!!
そんなチンケな損得勘定する必要なんてねェ、スタンピードだろうがバカな村人だろうが、関係ねェ!
全部ひっくるめて、助けてやることだって出来たんじゃねェのかよッ!?」
これを……クリスは拒否する。
「確かに出来ますが――村を捨てるだけで、誰も死なずに済む。
なのに、わたくしの命を掛けてまで不必要な戦いをするつもりはありませんわ。
人には戦うべき時、戦うべき場所というものがあるのです」
決してクリスも譲らず――二人は長い時間、至近距離で睨み合っていた。
だが、やがてカノンが項垂れ、諦めたように言う。
「そうかよ、テメェは所詮、その程度のヤツってことか。
これ以上は時間の無駄だな」
言い捨てて、立ち去るカノンを……クリスは残念そうに、背中を見送りながら、ため息を吐くのであった。
☆余談メモ☆
タンスを許すな(鋼の意思)




