第六話 防具完成へ
素材を取りに帰った美女――クリスは、半時間もしないうちに戻ってきた。
「素材は、これだけあれば十分ですわね?」
言うと、クリスはズタ袋に詰められた最高級の素材を、バラバラと店主の眼の前に広げる。
「……いや、防具を作るんだろう?
鎧を作るにしちゃあ少なすぎる。
これで何を作れってんだ?」
店主の言葉に、クリスはようやく気付いたように笑う。
「ああ、そういえば言っていませんでしたね。
作るのは鎧ですが、普通の鎧とは違いますの。
貴方も女性用の下着がどのような形をしているものか分かるでしょう?
わたくしが依頼したいのは――ちょうど、それと同じだけの範囲を守る、最低限の防具ですの」
クリスが要求したのは――前世の記憶で言う、いわゆる『ビキニアーマー』なるものであった。
――日本では古来、髷と呼ばれる伝統的な髪型があった。
いわゆるチョンマゲに代表されるそれらの髪型は、帽子や鎧兜を被った場合に起こる蒸れを軽減する為に生まれたとされているが、実は武術的な利点もあった。
髷を結うことで通常よりも広い範囲で頭皮が露出する事になるのだが、これに武術的な価値があった。
皮膚の露出は、擦過傷等のリスクを高める一方で――通常露出することのない、敏感な部位を外気に曝露することで、気配や風の流れなど、周囲の変化に対しての感度が高くなるのだ。
クリスはこの原理を取り入れ、あえて通常は露出しない、身体中のあらゆる部位――つまり胸部と股間を除く全ての皮膚を露出することで、最大限に気配察知の感度を高める鎧を完成させようとしているのだ。
つまり、ビキニアーマーとは最低限の急所……心臓のある胸部、下丹田を含む股間周りを守りながらにして、気配に対する感度を最大限高め、重量も軽く動きを制限されない、極めて合理的な鎧の一種でもあると言えよう。
身を守る必要の無い――近衛騎士の剣技ですら、傷一つ付けることの出来ないほどよく鍛えられた皮膚をもつクリスにとって、自らの戦力を最大限活かす鎧でもある。
鍛冶屋の店主は、クリスに言われるがままに、意味不明な鎧の設計をする。
「性能としては、鳩尾を守る為の垂れと、太もも周りの血管を守る為の垂れがあればより汎用的な鎧になるかと思いますわ。
ですが、わたくしにはどちらも不要です。
最低限、心臓と下丹田だけを守れるような、その程度の範囲をカバーする鎧であればいいのです」
そんなものが鎧なわけあるか、と言い返したい店主であったが……クリスの鋭い視線に気圧され、何も言えない。
言う事を訊かないなら殺す――と、はっきり言ってくれればよほどマシだったろう。
単に絶対的強者から、咎めるような視線が飛んでくるというのは、想像力を余計に働かされてしまい、具体的な言葉で脅されるよりも恐ろしかった。
「そして最後に――素材は渡したものの中から貴方の判断で自由に使えば良いですが、一つだけ、必ず使って欲しいものがあります。
それがこれ――魔石です」
言って、クリスティーナは懐に手を入れ……一つの握り拳ほどの大きさの透き通った石を取り出す。
「ま、魔石!? その大きさでか!?」
店主は、自分の目を疑った。
魔石とは、魔物の体内で稀に生成される、魔力が結晶化した物質である。
これは魔物にとって病変した組織のようなものであり、どの魔物からも入手出来るものではなく、入手出来たとしても大抵の場合小粒、小指の先ほどの大きさである。
それが握り拳ほどの大きさともなれば――体組織の一部が病変しながら、それほど大きく成長するまで長く生き延びた、特別な魔物であったことを意味する。
辺境は強力な魔物には事欠かないのだから、店主も噂に聞く限りではあるが、小石ほどの大きさ、つまり手で握れば隠れる程度の魔石ならば、極稀に見つかった話を聞くことがある。
だが――この大きさの魔石ともなれば、歴史に残るような大物からでないと取れないはずだし、さらに言えば、取れたとしても貴族に献上され、市井に流れてくることなどあり得ない。
要するに、店主はクリスの持つ魔石が、何処ぞの貴族の家宝にでもなっているような代物であると判断して――つまりは、そんな大事なものをどこかから掻っ払って来たのだと考えたのだ。
途端に、この仕事が想定を越えて厄介なものに思えてくる。
「文句は言わせませんし、他言も無用ですわ。
作りなさい」
クリスの無慈悲な宣言に、店主は項垂れ、しかし従う他無かった。
その後――店主は三日三晩掛けて、クリスに付きっきりで監視されながら、言われた通りのビキニアーマーを完成させた。
最後の仕上げとして提出された魔石を使い――高密度、高濃度の魔力で防具の質を高める。
これがもしフルプレートアーマーであれば、竜に踏まれても曲がらない、強靭な逸品が完成していたであろう。
そんな至上の素材を……ビキニアーマーという、意味不明な防具に使わされて、それだけでも精神の疲弊は避けられなかった。
だが、無事に注文通りの防具は完成した。
「――素晴らしい出来です、褒めて差し上げますわ」
言って、クリスは有り金のほぼ全部――金貨九枚を店主に渡し、ビキニアーマーを受け取って店を後にした。
ようやく終わった、とばかりに、店主はその場で崩れ落ち、安堵からか、極度の緊張の解放によってかおかしくなって、変な笑い声を上げるのであった。
なるほど、ビキニアーマーは合理的な装備だったのか……。
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