第一話 自我の目覚め
ある朝彼女は、目覚めるなりハッと気付いた様子で声を上げた。
「――はっ、わたくし、ぜんせのきおくがありますわっ!!」
思い出したのは、前世の記憶だった。
――実家が古武術の道場を営んでいた関係で、子供の頃から体を動かすのが好きだった。
流派、種類を問わず武道を色々と学んだし、格闘技についても嗜んだ。
成人する頃には、男性相手に勝てないという事実に落ち込みもしたが、体を動かすこと、技術を積み重ねて一つずつ強くなっていくことの喜びが勝った。
人生を通して、武術、武道と関わっていた。
そんな自分が、今生ではどうだろう?
「か、からだがプニプニ、よわよわですの……」
出生はどこだかの国の偉い貴族らしくて、無数の使用人が働く大きなお屋敷に住んでいる。
何をするにも使用人が代わってくれるし、そもそも自分でやること自体が殆ど無い。
しかも身体が弱いものだから、運動はおろか部屋を出て散歩をするにも一苦労、といった有り様だった。
箱入りお嬢様とは、まさにこのことだろう。
ひ弱な自分――クリスティーナ・ブーケンシャーを、それでも両親は深く愛してくれた。
怪我をしないよう、細心の注意を払う使用人を御付きにしてくれたし、ワガママを言えば大抵叶えてくれた。
時に癇癪を起こして周りに当たり散らすようなことがあっても、叱ることすらなく、優しく宥めてくれた。
普通の子どもであれば叱るべき場面でもあっただろうが、生まれた時から病弱ゆえにストレスを溜め込んでいたからには、仕方ない部分もあったはずだ。
両親の優しさは単なる甘やかしではなく、生まれつき苦労を避けられないクリスティーナへの思いやりであったと、最早物の道理もしらぬ幼子ではなくなったのだからよく理解出来た。
「おとうさま、おかあさま……いままで、ありがとうございますの」
だからこそ、両親に恩返しをしたいとクリスティーナは思った。
しかし武道一辺倒であったクリスティーナに、難しいことは分からぬ。
病弱でも出来ることがあればよかったのだが、残念ながら前世の知識や経験上にそのような都合の良いものはない。
利き腕の骨にヒビが入っても、残った手で鍛錬を続けたぐらいだからして、身体を動かす以外の趣味や教養というのが本当、てんで無い人生だった。
つまり弱すぎて、今の自分には何も出来ることが無い。
だったら、まずは何でも出来るぐらいしっかり身体を鍛えよう!
と、アホのクリスティーナは安易な発想に至った。
幸いなことに――この世界はどうやら、魔術とか、そういった奇跡の力が存在するらしい。
クリスティーナが病弱なのも、身体に問題があるわけではなく、不思議パワーとの相性が悪いだか何だかで成長が阻害されているだけに過ぎない。
持病や欠損が無い身体であれば、そして両親の愛情に恵まれているのであれば――しかも前世の世界には無かった不思議パワーまで存在するのであれば。
出来ないことなどあんまり無い。
そう考えたクリスティーナは、まず喫緊の問題として自身の貧弱さに決別することを決めた。
身体を動かすのがダメなのではなく、身体を動かして体力が落ちると風邪を引きやすいとか、いとも容易く転んで怪我をしてしまうとかがダメなのだ。
であれば、むしろ身体を動かして体力を付けよう、というのはさほど間違った道理では無かった。
医学的に――と言っても不思議パワーのある世界における医学がどの程度のものかクリスティーナには分からぬが、ともかく医者が唱える理屈と合わないかもしれないが、まずはやってみるべきだろう。
というわけで、クリスティーナは自分の頬をパチン、と叩いた。
「やってやりますわ!
ムキムキの筋肉令嬢になってやりますの!」
ほっぺを赤くしながら、何事もまずはやってみせねば、という、前世からして単純思考なクリスティーナの決意は決まった。
この時、クリスティーナ十歳。
ともかく訓練の為に、と幼い頭で作戦を練り、ある行動に出るのであった。
筋肉、やはり筋肉はすべてを解決する……。




