第十八話 そして魔の樹海へと
「いい機会です。
我が国を守る騎士なのですから、一つ揉んで差し上げますわ。
後に役立つ経験となるでしょう」
クリスティーナは構えることすらせずに――片手だけで、挑発するようにクイッ、と、彼らの方から掛かってくるようアピールする。
「人間を相手にすると思うなッ!
強大な魔物を討伐するつもりで掛かれッ!!」
団長が呼びかけ、近衛騎士達は気を取り直し、クリスティーナへと向かってゆく。
「判断は良い、ですが遅い」
クリスティーナに傷を付けようと、強力な精霊術を準備し始めた近衛騎士達。
だが、その隙を見逃してやるほど甘くはないクリスティーナ。
まず眼前の近衛騎士へと近寄り、顎へ打撃を入れて意識を奪う。
ガクリ、と倒れ込もうとする近衛騎士の腕を掴んで――鞭か何かを扱うかのように振り回す。
精霊術による攻撃を準備していた近衛騎士達を、次々と薙ぎ飛ばす。
「剣を使えッ! 間合いを取れ!
装備のあるこちらの優位を活かせッ!!」
団長の指示があるが、これにクリスティーナは顔をしかめた。
「その指示は良くないですわね。
装備の優位など、同格の相手にしか意味がない。
赤子にナイフを握らせた所で、熊を相手にすれば有利も何も無いのと同じですわ」
事実――クリスティーナと近衛騎士との間には、それだけの、いやそれ以上の格差があった。
「装備の差に頼るなど、軟弱者の発想です。
根源的な格差、生物としての格差がある時、武器は何の役にも立たない」
言って、クリスティーナは近くの近衛騎士に近寄り――手刀を振り下ろす。
途端、クリスティーナの手が触れた所から、まるで紙のように金属鎧が引き裂かれ、守られていたはずの胴体にすら切り傷を負う。
「装備に頼るから弱くなるのです。
己の肉体を、暴力を昇華してようやく武器は役立つのですよ」
鎧は身を守る術ではなく、剣は敵を討つ術ではなく――裸で立っているに等しい格差があるのだと、近衛騎士達は理解させられる。
「……ッ、撤退だッ!」
団長は、任務の遂行は不可能と判断した。
逃げに入る近衛騎士達。
しかし、何処へ?
ここは魔の樹海を目前に控えた場所、逃げるべき、身を守るに値する場所など、何処にあるというのか?
答えは――クリスティーナの拳が知っている。
「勝ち目が無い時、撤退も一つの選択でしょう。
ですが手遅れです」
クリスティーナは言うと、逃げる近衛騎士を背後から襲い、次々と打撃を加え、意識を奪っていく。
「戦力差のある状況で、無策の逃走は危険極まりないですわ。
今後は非常時の逃げ方もよく訓練しておくべきですわね」
言って――また近衛騎士を一人、一撃で伸していく。
そうして残ったのは、団長ただ一人。
「……どういうつもりだ?」
クリスティーナの実力であれば、近衛騎士を一人残らず殺すことも容易い。
しかし――負傷こそしているものの、死者は出ていない。
明らかに、意図あって見逃されていた。
「言いましたでしょう?
これは貴方たちの訓練なのです。
そもそも、わたくしに王国の騎士を殺す理由がありませんもの」
負けた……と、団長は感じた。
クリスティーナに対し、害する意図を持って――殺すつもりで剣を抜いて尚、それは彼女にとって憂慮に値しない些事であった。
任務失敗だとか、そういう道理を抜きにしても、近衛騎士はクリスティーナを相手に格の違いを見せつけられ、敗北したのだと感じられた。
「では――ごきげんよう」
最後に団長が見たのは、クリスティーナが拳を構え、突き出す直前の姿であった。
こうして近衛騎士による襲撃を退けたクリスティーナは――何処かへと姿を消した。
彼らが意識を取り戻した頃には、クリスティーナの姿はなかった。
しかし、クリスティーナが領地へと帰還したという話も無かった。
まさか、魔の樹海へ自ら足を踏み入れたのか?
続報の無い状況に誰もがその可能性を疑ったが、すぐに否定される。
まさか、いくら彼女が強いと言えども……魔の樹海を身一つで踏破するなどあり得ない。
故に誰もが、その可能性を排除した。
そうして、クリスティーナが姿を消して――数週間が経過した。
ここまでが第一章となります。
まさか、クリスティーナ様といえどもあの有名な魔の樹海に入っていったなんでありえないよな……?
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