第十七話 生ける伝説
――後に、魔の樹海から生還した近衛騎士の一人はこう語る。
「彼女の噂は知っていましたよ。
一騎当千、百戦錬磨。
国内のあらゆる大型魔物の被害を、たった一人で限りなくゼロに近づけた令嬢。
……確かに、国内各地へ派遣されていたことも知っていましたし、それぞれの土地で魔物の討伐に成功していたことも知っていました。
ですが、それでどうして信じられるんです?
本当に文字通り一騎当千だなんて。
言葉通り、百戦錬磨だったなんて。
彼女が……引っ張りだこになった理由が、どんな魔物相手でも、たった一人で戦い、一瞬にして撃滅せしめるからだなんて。
各領地の騎士団は、恐ろしく強大な魔物が、赤子の手をひねるように討伐される様を、ぼうっと見届けるだけの仕事だったなんて……。
何の損耗もあり得ない簡単な仕事だったからだなんて――誰が言葉で信じるんです?
居るとすれば、我々のような者だけでしょう。
そう……彼女の、限界を知らないような、極限の暴力を体感しなければ、信じられるわけが無い」
クリスティーナを取り囲む近衛騎士は、日頃の訓練の成果とも言える、練度の高い波状攻撃攻撃を仕掛ける。
たとえ回避しても――二の太刀、三の太刀が襲い掛かる。
近衛騎士が得意とする戦術の一つである。
しかしあえて欠点を上げるなら――。
「――言ったでしょう?
傷一つ付けられないと」
一の太刀を避けるまでも無い、痛痒すら感じない相手には何の意味も無い戦術であった。
クリスティーナはその場に立ち尽くしたまま、肩口から袈裟斬りにしようとする近衛騎士の剣閃を、あえて首筋を晒すような形で、身体で受ける。
夜会から着の身着のままで連行されたクリスティーナの、美しいドレスだけをわずかに引き裂いて、しかし刃は皮膚すら貫く事無く止まる。
太刀を避けさえしてくれない相手に――近衛騎士は絶望を覚える。
受け止められた本人は……さながら、山か何かに斬り掛かったような錯覚さえ覚えた。
刃が通らないだけであれば、高度な守りの精霊術、あるいは魔術によって成立するかもしれない。
だが彼女は何故――これだけ全力で斬り掛かられて、体勢を崩すどころか、身動ぎ一つしないのだろうか?
理解の出来ない現象に、近衛騎士は恐怖を覚えた。
「――彼女に精霊術は使えないッ! 魔術の類だ!」
団長が、希望的観測による指示を出す。
つまり、魔術の欠点である、消費魔力の膨大さを突けということであり、クリスティーナの継戦能力は低いと読んだのだ。
だが無慈悲にも、クリスティーナは残念そうに首を横に振る。
「わたくし、魔術の才能もありませんの。
子供でも出来るような、火点けの魔術すら使えませんわ。
――ですので、大変苦労したんですの」
言って……クリスティーナは近衛騎士の一人に近寄り、掌を添える。
「こうやって……技で火付けが出来るようになるまで。
二年も掛かりました」
次の瞬間、クリスティーナは掌で近衛騎士の鎧を――肩から吊るす形の剣帯を、シャアッ、と素早く撫でる。
すると異様な摩擦が掛かった革の剣帯は、熱を持ち、焦げた匂いを放ちながら焼き切られる。
「ひぃッ!?」
何をされたか、何が起こったのか理解の出来ない近衛騎士は、怯えて逃げ腰になる。
「騎士たるもの、引いてはなりませんわよ?」
そこへ追い打つように、クリスティーナが掌底を放つ。
メコッ、と音を立てて分厚い金属鎧が凹み、その衝撃を肉体へ通された近衛騎士は、その場に崩れ落ちるように倒れ、意識を失う。
一人、成すすべ無く倒れた。
この事実に、近衛騎士達の間で動揺が走る。
さすがです、クリスティーナお嬢様!




