第十五話 暗躍する聖女
クリスティーナが皇太子殿下から婚約破棄され、追放刑に処すると決定された後。
王都のとある教会――精霊教の王国における本部とも言える場所の、ある一室。
そこで報告を待ちわびていた聖女、サリア・カスティーリャの下へと、夜会の会場から教会派閥の貴族の一人が戻って来る。
「聖女様。計画は成功です。
皇太子殿下は狙い通り、国家反逆罪の名目でブーケンシャー令嬢を追放刑になさるようです」
「ありがとう、これでようやく、民を苦しめる悪逆は除かれるというものです」
サリアは言って、ニコリと笑顔を浮かべる。
「しかし――まだ油断はなりません。
かのブーケンシャー家であれば、ここからでも彼女の助命が可能でしょう。
そして彼女が生きていれば、必ず我々の敵として立ちはだかります。
王家や軍閥の横槍が入るよりも先に、一足飛びで彼女を排除せねばなりません」
「であれば、すぐにでも『魔の樹海』へ送るのですか?」
問われて、サリアは頷く。
「無論です。
それに、追放刑では生温い。
皇太子殿下へお伝え下さい――近衛騎士を動かしてでも、確実に、彼女を排します」
サリアの言葉に驚き――しかし、教会側の貴族は納得する。
クリスティーナの軍閥中枢における人気は異常なレベルにあり、サリアが広めた真実……という名の悪質なデマにも関わらず、未だに強い求心力がある。
だからこそ、農産業の利権解体を狙うクリスティーナが、教会貴族にしてみれば、国体の崩壊を狙う悪女にも見えてしまうのだが。
ともかく、サリアの実質的なクリスティーナ殺害令も、教会派閥の貴族には突飛な命令でも何でもなく、政敵、国賊への正義の強行策であった。
「お任せ下さい、聖女様」
教会貴族は言うと、部屋から立ち去り、皇太子殿下の下へと向かうのであった。
そうして――日付が変わるか変わらないかという時刻に、クリスティーナの処遇が決定した。
王国と帝国の国境に跨って広がる『魔の樹海』と呼ばれる危険地帯への追放刑。
現地までは、普段なら王家の者や王城の護衛を務めるはずの近衛騎士が連行する。
本来なら近衛が出張る場面では無いのだが、これも皇太子殿下の鶴の一声で決定した。
「――という事ですので、ブーケンシャー令嬢は抵抗なさらぬようお願いします」
通達、というよりも捕縛の為に訪れた近衛騎士団の団長から詳細を聞かされるクリスティーナ。
「異論はありませんわ」
堂々と、怯える様子も無く受け答えするクリスティーナ。
抵抗どころか、口答えをする様子も無い。
これに疑問を覚えるも、近衛騎士は命令に忠実であった。
「では……連れて行け!」
クリスティーナ一人に対し、十人以上の近衛騎士が取り囲み、連行する。
異様な光景だが……何よりも、近衛騎士自身が違和感を覚えていた。
何故、このような異常な命令が下ったのか? よりも。
何故――クリスティーナ・ブーケンシャーは、逃げも隠れもしないのか、と。
クリスティーナが追放される『魔の樹海』は、王国と帝国の国境に広がる危険地帯なのだが、それは単に深い森だからとか、自然環境が険しいからとかいった理由ではない。
魔の樹海、と呼ばれる通り、一帯には異様なレベルで魔力が滞留している。
その影響で強力な魔物が闊歩することも危険地帯である理由の一つだが、それに加えて精霊が無数に生息することも理由に挙げられる。
精霊は魔力を好む。
故に、人は魔力を対価に精霊術を行使出来る。
自然由来の膨大な魔力が漂う魔の樹海は、例えるなら精霊術が好き勝手に発動し続ける森であって、何事があってもおかしくはない。
魔物がただの一匹も生息していなかったとしても、普通の人間が長期間生存できるような環境ではないのだ。
――かつて存在した、偉大な冒険家が魔の樹海について語ったことがある。
「普通、サバイバルってぇなると、生き残るために必要なものが幾つかある。
水、食料――もちろん大事だが、素人が失敗するのはシェルター作りだ。
生存の為に休める場所、安全な場所を確保できなけりゃあ、そう遠くないうちに体力が尽きて死ぬ。
人の手が入ってねぇ自然の中を探検するなら、必要不可欠な要素だ。
なんで魔の樹海には行くな、なんて言うかだって?
簡単だよ、あそこに『安全な場所』なんてねぇのさ!
精霊様が魔力をたらふく食らって、気分で地形も、環境も何もかも変えやがる!
高台で休んでたと思えば、朝起きる頃には川底だァ。
洞穴の出口も、デケえ木の根で塞がれて出られねぇ。
晴れてると思えば、テメエの周りだけ雷雨に見舞われる!
油断すりゃあ、そこに居ただけで死ぬ、それが魔の樹海なんだよ」
その冒険家は、最後にこう付け加えた。
「で、魔の樹海を踏破できるヤツが居るとしたら?
……そんなの、人間じゃないね。
ものの例えなんかじゃねェ、正真正銘、ホンモノの化けモンだよ」
だ、誰ぇ!?(突然のインタビューを見て)




