第十四話 追放刑
精霊術の使えない――王国貴族として大きな瑕疵のあるクリスティーナは、それでも軍閥の有力者として、そして皇太子殿下の婚約者候補筆頭として最大限の努力を重ねた。
無論、その間にも身体を鍛え上げることは忘れなかったのだが――それだけでなく、婚約者として選ばれる為に出来る限りのことはした。
結果として、侯爵令嬢という家格もあり、無事婚約者として指名されるに至った。
だが、評判は良くはない。
王国貴族として精霊術が使えないことは致命的であり、皇太子殿下の子供に遺伝する可能性を考えると、すでに側室を薦める者すら居た。
また、クリスティーナが貴族的な立ち回りを不得手としており――逆に婚約者候補としてライバル関係にあったサリアが上手であったことから、悪評を立てられ、評価が落ちていた。
無論、クリスティーナに近しい軍閥貴族は、悪評がデマに過ぎないと理解しているのだが、それ以外の末端の者や、教会寄りの貴族達は、悪評をそのままに受け取ることが多かった。
曰く、クリスティーナは民を人として見ておらず、どれだけ飢えて苦しむ民が増えようとも贅沢を止めない。
曰く、クリスティーナには嗜虐的な趣味があり、精霊術も使えない身でありながら権力を傘に着て、軍閥で立場の弱い貴族を手ずから訓練と称してイジメている。
嘘とも言い切れない、一部事実を含む噂である為、火消しは困難であった。
クリスティーナ個人として不要な贅沢こそしないものの、貧困対策としての支援には消極的であり、あくまで経済状況の改善と、教会が握る農産業関連の利権を崩すことを優先している。
また、非常時の蓄えとして、つまりいざという時に現金に替えるための資産として、価値の安定している宝飾品や美術品を集めてもいる。
訓練についても、精霊術の弱点、つまり精霊の気分次第では戦争で使えない、狙った効果が得られないというリスクを踏まえ、状況に依らず有効な、身体的強度を高める為の過酷な訓練を自領の騎士へと課した。
中には精霊術への盲信から、反抗的な態度を取る騎士も居たが、すべて拳で黙らせた。
確かに、これら一部の事実を悪意的に切り取れば、噂のようにもなるだろう。
結果として――クリスティーナは嫌われ者でありながら皇太子殿下の婚約者でもあるという、厄介な立場に追いやられることとなった。
そうして――クリスティーナが婚約者と決まってから一年。
クリスティーナが十八歳を迎えた日。
王都で開かれた、誕生日を祝う夜会にて――予想だにしない事態に発展する。
「クリスティーナ・ブーケンシャー!
貴様との婚約を破棄させてもらう!」
まさかの、自分が主役の夜会で、皇太子殿下から婚約破棄の宣言を受けたのである。
咄嗟には、クリスティーナにも理解が出来なかった。
婚約は皇太子殿下の一存で決まったものではないし、当然クリスティーナが望んだものでもない。
王家とブーケンシャー家との間で交わされた契約のようなものであり、当然王家としても狙いがあってクリスティーナを婚約者に選んでいる。
だというのに、事前に何の通達も無く、突如皇太子殿下の一言で婚約が破棄される等ということは、あり得ない出来事であった。
だが、何とか冷静さを取り戻し、クリスティーナは皇太子殿下から話を聞き出そうと試みる。
「殿下、婚約破棄とは大層なお話ですが、それは王家の意向でしょうか?」
「無論だ、私が私の権限で決定した。
今更貴様に覆すことはできない」
どうやら、王家の意向ではなく、皇太子殿下の一存で決めたことらしい。
「しかし、何故でしょうか?
わたくしに婚約者として不出来な点がありましたら、努力致します。
それなのに、事前の通告も何も無しにいきなり婚約破棄というのは、納得出来かねます」
クリスティーナが自身の立場を、そして瑕疵が無いことを弁明すると、これを皇太子殿下は鼻で笑う。
「ふん、いけしゃあしゃあと。
貴様の悪行はすでに聞き及んでいる。
生まれながら精霊に嫌われた身である為に逆恨みをしたのだろう?
精霊教を貶めることが国の威信を傷つけ、ひいては王権を否定することになるとも気づかず、復讐に囚われた愚か者め」
――皇太子殿下の言っている意味が理解出来なかった。
が、少しずつ意味を考え、理解を進めるクリスティーナ。
皇太子殿下の中で、クリスティーナは精霊教を貶めようと活動していたことになっている。
確かに教会の農産業関連の利権を切り崩そうと、手を尽くしたことはある。
だが精霊教そのものを貶めるような真似をした覚えは無いし、そう言われるほど過激な行動を取った覚えもない。
時には教会の求めにも応じて魔物討伐にも出たことがあるぐらいで――と、ここまで考えて、それが良くなかったのかもしれない、と思い至る。
理屈や手段こそ分からぬが、教会の言うがままに討伐に出たことで、何か教会の狙い通りの難癖を付ける条件が整いでもしたのだろう、と。
国内の魔物討伐は、農産業に権力基盤を持つ教会側にとっても重要なことだから、迂闊な真似はするまい、と甘く見たのが悪かったのだろう。
と――クリスティーナは自身の行いを反省するが、しかし無罪を訴える材料が足らない。
皇太子殿下の中では、精霊術の才能の無いクリスティーナが、逆恨みから精霊教を貶めようとしていたことが事実となっている様子で、一方その理屈を唱える当事者ではなく、主張そのものが単に誰かから吹き込まれただけの話に違いない。
この場で問い詰めた所で、自身の無罪を証明する材料など出てくるはずも無かった。
つまり……この状況に追いやられた時点で、皇太子殿下を扇動した何者かの策は成っていることになる。
「……はぁ」
つくづく、自身の政治的な才能の無さには呆れるしかない、とため息を吐くクリスティーナ。
そこには諦めの色があった。
「――反逆者である貴様には、婚約破棄では足らぬ!
単身『魔の樹海』へと向かい、その身を持って罪を贖え!」
そうしてトドメを刺すように皇太子殿下から告げられたのは――いわゆる追放刑。
実質的に死刑と同義の沙汰を下されるのであった。
夜会! やはり夜会は厄介じゃないか!(ドヤ顔)




