第十三話 理想と現実
「こんにちは、クリスティーナ様。夜会ぶりですね」
「わたくし、貴女に名前を呼んで良いと認めた覚えはありませんが?」
クリスティーナの冷たい言葉に、しかしサリアは怯まない。
「申し訳ありません、ブーケンシャー様。
それで、今日は救貧院に何か御用ですか?」
「ええ、現状をよく知るための視察と――ついでに、貴女の行いについても苦言を呈させていただきますわ」
クリスティーナが言うと、驚いたような表情を浮かべ、サリアが問う。
「苦言ですか? 何故?」
「無闇な支援に意味が無いことぐらい、貴女も貴族なら分かっているでしょう。
何故、こんなことを?」
直球で問うクリスティーナ。
本来ならばもう少し回りくどく、自身が非難を受けぬよう、かつ相手の意図が汲めるよう、上手く問いかけるものだが、これにはクリスティーナの経験不足と、本人の気質からくる脳筋っぷりが出てしまう。
少しトゲのある発言に、炊き出しを受けていた入居者達が注目する。
「――意味が無いなんて、そんなまさか。
見てください、皆さんお腹を空かせて、痩せ細っているでしょう?
食べられないことは悲しいことです、それがこうして、お腹いっぱい食べられる日が一日でも増えて、何の悪いことがあるんでしょうか?」
言い返されて、クリスティーナはハッと気づく。
明らかに――人の注目が集まるまで一呼吸おいてから、視線を意識しての発言。
自分がどう見られるか、どう思われるかを意図して、言動を制御している。
つまりサリアは、自分の支援が本質的な解決に繋がらない、場合によっては解決を妨げると分かっていて、なおあえてこのような行動に出ている可能性が高まった。
その目的までは察することが出来ないが……意図があって貧困層の注目を集め、評価を得ようとしている。
彼女は愚鈍な慈善家などではなく、愚かさを演じることすら厭わない、クリスティーナより遥かに政治闘争に優れた人物である。
これが『本物』か――と一瞬の感心と、危機感を抱くクリスティーナ。
前世の感覚が抜けきらないクリスティーナにとって、眼の前の聖女なる化け物の対処は手に余る。
「……少し気分が優れません、失礼いたしますわ」
クリスティーナに選べる最善の選択肢は、撤退のみであった。
経験不足かつ器も足りないクリスティーナでは、サリアの手練手管を躱すことなど出来ない。
これ以上の対話は、クリスティーナの立場を悪くするばかりである。
であれば――明らかに、サリアから言い含められ撤退するように見える状況でも、引くしか無かった。
撤退した後、クリスティーナは救貧農場の視察に向かった。
この日はちょうど、新しく拓く農地での開墾作業を始める日であり、多くの作業者と、精霊術を扱う老人が数名集まっていた。
「作業の方、もっと近くでご覧になりますか?」
「ええ、是非」
クリスティーナは、まさに開墾作業中のところへと近寄っていく。
「今は、何をしているところなのですか?」
「ここは元々農地では無く、人の住んでいた土地ですので。
建屋はすでに解体しておりますが、瓦礫もあれば、土の中に岩が残っていることもあります。
まずはそれらを取り除いていきます」
クリスティーナに問われ、司祭は語る。
「では、瓦礫を退けるぐらいは手伝いましょうか」
クリスティーナは、腕っぷしで手伝えることもあろうと思い、提案するのだが、これに司祭は首を横に振る。
「いいえ、不要です。御覧ください」
司祭に引き止められ、作業者達の様子を伺うクリスティーナ。
精霊術の使い手である老人達が何やらブツブツと呟き、祈りを捧げると――途端に瓦礫や、土に埋まった岩が砂のように崩れて行く。
「こうした作業も、精霊術で行っております。
貴族様であれば、もっと派手な術をお使いでしょうが、これが我々庶民の知恵なのです」
司祭の言葉に、バツが悪そうにするクリスティーナ。
「ごめんなさい、わたくし精霊術には詳しくないの。
才能が無くて、自分で使えるものが一つもありませんので」
「おや、それはそれは……さぞ苦労なさったことでしょう」
司祭はクリスティーナに気遣いの言葉を掛けると、また作業内容についての解説を始める。
「こうして異物を砂に変えた後、適当な雑草を鋤き込んで、最後に精霊術にて土を良いものに変えるのです。
鋤き込むところや、畑作業そのものは人の手でやらねばなりませんが、精霊術があるからこそ、このような土地でも手早く農地として利用できるのです。
これが、魔術と精霊術の違いでもありますな。
精霊術であれば、よく分からずとも、少しの魔力でこれだけの土地を開墾出来ます。
同じことを帝国などに多い魔術師に頼ってやろうと思えば、魔力がいくらあっても足りませんし、土に対する理解も深くなければなりません」
司祭の解説は、この世界に存在する不思議パワー……魔術と精霊術の違いについて、わかりやすく語っていた。
クリスティーナの前世とは異なり、この世界には魔力がある。
殆どの人間は魔力を持っており、これを利用することで超常現象を引き起こす。
一般に――魔術と呼ばれる技術は、魔力を多く必要とし、起こす現象への理解が深いほど強力な術を放つことが出来る。
対して精霊術は、精霊が代わって超常現象を起こすため、理解も多大な魔力も必要無いのだが、精霊に愛されていなければ力を借りられないし、出来ることにも限度があり、すべては精霊の気分次第となる。
王国の場合、痩せた大地を開墾し食糧事情を改善する為には、精霊術の方が効率の良い技術であった。
その為、高い魔力を備えて生まれようとも、貴族は例外無く、精霊術について学び、体得する。
才能が無く、精霊術を何一つ使えない、フィジカル一辺倒のクリスティーナのような存在は例外中の例外であった。
そして精霊術が使えないからこそ――クリスティーナは領地の発展に寄与する術が限られている。
政略結婚に巻き込まれたのも、武力を認められる形でしか軍閥での存在感を示せなかったのも、元を正せば精霊術の才能が無いところにある。
これがクリスティーナにとっての明確な弱点であり……貴族令嬢として理想的でない、瑕疵の一つでもあった。
なるほど、つまりこの国は精霊の加護が全てってことだな?




