第十一話 夜会の翌日
夜会そのものは、問題なく終了した。
クリスティーナを始めとする、年頃の令嬢が数多く招かれていたのだが、これは現在十五歳の皇太子殿下の婚約者を見定める目的で開かれたらしい。
王室はその王権を精霊から与えられたものとされており、これを事実として保証するのが精霊教である。
そのため、王室は精霊教の意向に強く影響される傾向にある。
だが一方で、軍閥を蔑ろにしては国が瓦解することぐらい、王室の者も重々承知であった。
故に王室は夜会を開き――クリスティーナを始めとする、軍閥貴族の令嬢を幾人も集めたのだ。
ただ、その分もあって聖女サリアの出席を拒めなかった。
この構図が何を生むかと言えば――軍閥で最も有力なクリスティーナと、聖女サリア、二人が皇太子殿下の婚約者候補筆頭として対立する図式である。
否が応でも王室と精霊教の駆け引きに巻き込まれることとなったクリスティーナ。
だが、婚約自体に否やはない。
侯爵家の令嬢として教育を受けているクリスティーナには、恋愛結婚という、前世の社会で当たり前であったものへの願望は一切ない。
皇太子殿下と良好な関係を築くことができれば理想だが、それは結婚の主目的ではない。
あくまで国の、そして生まれ育った領地の利益となればそれで良い。
前世の記憶、感覚があるからこそ、むしろこの点については割り切ることが出来た。
面倒なのは社交である。
特に教会側の貴族との社交が面倒極まりない。
軍閥の代表として、婚約者候補筆頭として、社交を通して教会の切り崩しを図る役割からは逃れられない。
クリスティーナという令嬢が、国に、家に求められるものがそれである以上、両親と、家の財産によって今がある身なのだから、逃げるという選択肢は無い。
ただ、あまりに自分向けでないから、憂鬱なのである。
「――殴って解決出来る問題なら、喜んで立ち向かってやりますのに」
はぁ、と馬車の中でため息を吐くクリスティーナ。
現在、馬車に乗って向かっているのは王都近辺の中でも比較的貧しい人々が住まう地域。
スラム化こそ起こしていないものの、豊かなはずの王都近辺にあって、本来ならばあり得ない程度に貧しい生活を強いられている人々の住まう地域である。
クリスティーナは、ここへ視察に向かい、王都を取り巻く現状について学ぶ必要があった。
これも婚約者候補筆頭となった以上、当然の義務である。
馬車で向かう先は、精霊教が運営する救貧院。
貧しい地域において、高齢ゆえに職を失い、自立した生活を維持できなくなった者が主に入る施設であった。
弱者救済の公的支援としての側面がある為、王国から一定の援助がある一方で、精霊教が布教をする為に都合が良いという側面もあり、運営は精霊教が行っているのだ。
最低限の生活支援と住居を提供する一方で、精霊教の布教活動として、精霊術を扱う術を学ぶ必要があり、体得した者は救貧農場やそれ以外の地域の農場に派遣されて精霊術による支援を行う。
精霊術による支援の経験がある農業従事者は、やがて高齢化に伴い引退し、農場で働くことが出来なくなると救貧院に入り、精霊術を学ぶ。
そうした循環の下、精霊教は信者を増やして来た。
軍閥の人間としては、農産業を支える精霊教の活動には一定の評価がありつつも、国民の帰属意識が国よりも教会に寄ることを危惧している。
今回、クリスティーナが救貧院へと視察に来たのにも、そういった民衆の意識を分断するような教育が施されていないか、確認する意図がわずかながらあった。
「ようこそいらっしゃいました、ブーケンシャー様」
「今日はよろしくお願い致しますわ」
馬車から降りたクリスティーナを、救貧院の管理者である司祭が迎える。
「今日は救貧院がどのように運営されているか、見学させていただきますわ」
「ええ、問題ありませんとも。よろしくお願いいたします」
こうして、クリスティーナの視察が開始する。
夜会は厄介だな、なんつって!




