第十話 聖女との出会い
クリスティーナ、齢十四才の時。
日々の鍛錬が実を結び、クリスティーナはすでに病弱な少女では無くなっていた。
前世の記憶、知識と、武家である実家の財力、環境を利用し、弛まぬ努力の果てに武人として花開く。
ここ一年ほどで、クリスティーナの名は王国――ブーケンシャー家を含む、数多くの領主に爵位を与えられ、王室に統治権を認められた者たち――の中で広まりつつある。
ブーケンシャー侯爵家の令嬢は武勇に優れている、と。
事実、クリスティーナはブーケンシャー家が抱える騎士団を率いて、領内の魔物の討伐に出向いたこともある。
故に近頃、クリスティーナの将来を見込んだ、各地の軍事に関わる主要人物が、クリスティーナとの縁を持とうと接触してくることが増えた。
この日も――クリスティーナは鍛錬の後、王都から来た使者と顔合わせをする予定であった。
近頃増えた、単に顔合わせと挨拶だけの使者かと思っていたのだが、今回は違った。
「……王都で夜会、ですか」
クリスティーナは使者から受け取った封書を見てため息を吐く。
「わたくしとしては、無駄な時間を過ごすぐらいなら鍛錬でもしていたいのですけれど」
「お嬢様。
これも家の責務でございます」
ぼやくクリスティーナを、専属侍女兼教育係の使用人が諌める。
「分かっていますわ。
わたくしが武芸に傾倒していられるのも、すべては家のお陰です。
その分責任を負うことに文句はありません」
クリスティーナは言うと、億劫な夜会に思いを馳せた。
そうして約一ヶ月後、クリスティーナはいよいよ王都の夜会へと出席した。
挨拶の使者を遣わした軍部の人々も数多く出席しており、そうした大人に混じって談笑する。
思いの外、軍部の人間というのは気安く、当然令嬢としてのマナーを守りながらではあるものの、有意義な会話を交わせる時間ではあった。
聞く所によれば、軍部というのはどこの領地でも人材不足に悩んでいるらしく、クリスティーナのような将来有望な者とは可能な限り縁を繋いでおきたいらしい。
「ブーケンシャー様。少し良いですか?」
そんな時、一人の令嬢から声が掛かった。
それは亜麻色の髪をふんわりと広がるようにセットした、クリスティーナと同じ年頃に見える貴族令嬢であった。
「ごきげんよう。
どちら様かしら?」
クリスティーナが問う。
「私、カスティーリャ男爵家のサリアと申します」
「わたくし、貴女と面識は無かったはずですけれど?」
クリスティーナは少しトゲのある言葉を返す。
夜会の場とはいえ、人にはそれぞれ立場がある。
サリアと名乗った令嬢よりも立場の高い人間が、クリスティーナには事前に使者を通して挨拶を交わし、縁を持った上でこの場で話しかけている。
使者を通さなかった場合は、そういった者の紹介によって、この場でクリスティーナと言葉を交わしている。
そんな中、家格が決して高くなく、領主本人でもなければ、領地で統治に関わる役職を持つはずもない年齢の令嬢が、話に割り入る形で声を掛けたともなれば、皮肉を言われて当然の事態であった。
無論、これは嫌がらせでも何でも無く、互いの立場を尊重する為に人々が積み重ねてきた礼節の一環であり、これを咎めないようであれば、手順を踏んだ軍部の人々を下げることにもなる。
クリスティーナが侯爵令嬢として学んできた感覚としては、言いたくなくても言わねばならない、仕方のない嫌みであった。
だが、まるで嫌みなど通じていないかのように、ニコニコと笑いながらサリアは話を続けた。
「近頃話題のブーケンシャー様と、一度お話をしてみたかったのです」
言って――サリアは右手を差し出す。
「ぜひ、私とお友だちになっていただけませんか?」
クリスティーナは、これを冷たく突き放つ。
「貴女をお友だちと呼ぶ理由が、わたくしにはありませんので」
差し出された右手に応じることなく、クリスティーナは会話を打ち切らんとばかりに背を向ける。
「そうですか……残念です」
言うと、サリアはクリスティーナ達の方から離れていった。
「あれは近頃話題になっておる慈善家気取りの小娘だな」
「そうなのですか?」
夜会で知り合った軍部の男性の一人が言った言葉に、クリスティーナは興味を示す。
男性は、さらに詳細を語った。
「私財を使って、民衆に施して回っているそうだ。
権力欲も無く民に尽くす姿から、近頃は教会から『聖女』等と呼ばれて祭り上げられておる」
なるほど、と凡そ状況を理解するクリスティーナ。
――王国には大きく分けて派閥が二つあり、一つはクリスティーナの実家も属する軍閥。
国内を、領地を統治支配する上で軍事力が必要であることは論ずるまでもないが、他にも王国と隣接する国からの防備という重要な役割がある。
特に王国北方に版図を広げる帝国とは友好関係に無く、過去幾度と無く争いとなっている。
――二十年ほど昔、帝国では革命が起こり、皇族や貴族の多くが排され、新たな皇族、貴族が立つこととなった。
それ以来、帝国国内は状勢が不安定となり、王国へと攻め入る余裕が無くなった。
よって、近年は小さな争いすら起こっていないが、友好関係を築いたわけでもない為、油断出来ない状況に変わりは無い。
と、そんな外憂への懸念を強く持つのが、王国軍閥である。
一方で、王国の内憂に強い懸念を持つ派閥が、教会と呼ばれる派閥である。
王国は農地に恵まれない国であり、常に食糧事情に不安を抱えている。
そんな王国で農産業に強い影響を持つのが『精霊教』と呼ばれる宗教組織である。
この世界の不思議パワーの一種であり、人が誰しも持って生まれる『魔力』を元手に『精霊』と呼ばれる存在を介して超常現象を引き起こす術を持つのが精霊教。
王国は貴族平民に関わらず、この精霊教が広める技術――『精霊術』を活用し、発展を続けてきた。
その為、王国では精霊教の影響力は極めて高く、教会の意向に逆らって領地運営を行うことが難しい。
よって、食料事情も含め、そういった精霊教の意向を優先する派閥を教会、と単に呼ぶことがあるのだ。
つまり先程の、クリスティーナとサリアの邂逅は、両派閥で期待されている有望な若手同士の対立の瞬間でもあったわけだ。
サリアの存在についてクリスティーナが思いを巡らせている間に、男性は不満を漏らす。
「民衆に施し等と、くだらん人気取りをしておきながら無害そうにしておるのが気に食わん。
何が聖女だ、そうやって散々痩せ細った後に帝国から攻め入られては容易く打ち破られるだろうに。
教会の連中も、一体何の狙いであんな小娘を担ぎ上げているのやら」
単に外憂を気にする必要のない状勢下で、派閥を強化、国内情勢の安定化辺りが狙いにはあるのだろう。
と、クリスティーナは解釈しながらも――それでも尚、聖女サリアに対する不信感は拭えなかった。
そしてこの不信感は、後に正しい感覚であったと分かることになる。
☆一口メモ☆
クリスティーナ・ブーケンシャーの綴りはChristina Boucainshah。
サリア・カスティーリャの綴りはSarria Castilla。
カステラみたいで美味しそう。




